洗礼者ヨハネの到来 待降節第二主日(ルカ3・1~6)

最初の箇所で皇帝、総督、領主、大祭司などの名前が登場しますが、聖書の記述が架空の人物ではなく、歴史上の人物であることを明確に感じることができます。そんな背景の中で、洗礼者ヨハネの名前が登場します。このことからも、彼が歴史上の人物として考えることができます。

そのヨハネはどんな行動を取っていたのでしょうか。「ヨハネはヨルダン川周辺の地域一帯を巡り、罪の赦しへ導く悔い改めの洗礼を宣べ伝えた」(ルカ3・3)とあります。「悔い改め」が彼にとっては大きな役割であったことが分かります。それは救い主を迎えるためにも最もふさわしい行為でした。このことを明確にするため、ヨハネはイザヤ書を引用して語ります。

「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。すべての谷は埋められ、すべての山や丘は低くされ、曲がりくねった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らにされる。すべての人が神の救いを見る』」(ルカ3・4~6)と。この引用を通して、今までにない新しい世界観が見えてきます。そこには希望に満ちた喜びがひしひしと感じられます。
 
休暇で郷里(松浦市)へ行く度に感じることは、新しい道が出来上がっていることです。これまで開発されていなかっただけに、開発しやすいのでしょうが…。例えば、農道ですが「やまびこ道」というのが完成し、伊万里や佐世保から平戸口へ行くのがとても便利になりました。最近では、自動車道が佐々までつながり、これまた便利になりました。こうした新しい道により、生活形態もずいぶん変わってきたような感じがします。

洗礼者ヨハネの到来が、人々の生活を一新していく雰囲気を今日のみことばから味わいたいものです。

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