御手の中で、自然の中で。 チャン・ゴー・グエン・ヴー神学生

暑い風が網戸を通って部屋に入ってきた。遠くからカラスの声もはっきりと聞こえる。風に舞っている野茨の花弁を窓越しに見ながら部屋を掃除していた。隣のマンションの建て直しの音も止んで、一日が終わった。そろそろ、晩の祈りの時間。いつものように外から五時半の「夕焼け小焼け」のメロディーが耳に届く。

ここ日本カトリック神学院での生活はもう三カ月目に入った。ようやく期末試験も終わり、神学生はそれぞれ自分が所属している小教区に戻っていく。私が神学院に入学したのは今年の四月だった。一年前から神学校入学手続きなどを準備し、入学審査試験も無事に通ったからだ。

神学校では、学生が交代で典礼や掃除を担当するので、修道生活を経験している私は問題を感じなかった。しかし、年齢のギャップで、お互いに理解し合うのに時間がかかる。三カ月しか生活していないので、相手のこともわずかしかわかっていない。

現在、神学生は総勢十六人、養成者は四人いる。日本各地からやって来るので、さまざまな個性を持った集まりでもある。また一つ新しい知識が身に付いていく。

私は毎週土曜日の午後から日曜日の夕方まで修道院に戻ってきている。週日は神学院に宿泊し、神学生たちと共に過ごしている。

一日は朝の祈り、ミサ、念祷で始まる。授業は九時から十二時二十分まで、昼の祈りが続く。それから、昼食を終えて午後の授業が二時から三時三十五分まで。時には各グループの学年会議が、授業の後、六時半まで行われる。そして、晩の祈りを唱えてから、夕食と続き、七時四十五分に寝る前の祈りが唱えられる。これがだいたいのスケジュール。

神学校では、晩の祈りの前に十分ほど念祷があるが、聖体顕示式は行っていない。聖パウロ修道会では、毎日聖体賛美式がある。これは、会固有の決まりで、私たちにとっては誇りでもある。ここから、聖パウロ修道会は聖体から生まれたコミュニティーと言われている。

日曜日に初年度の神学生は、神学院の近くにあるカトリック関町教会へ教会奉仕実習に行く。私は前期の間、皆と一緒に行けなかったが、後期からは体験しに行くことになっている。典礼の奉仕や聖書の分かち合い、そして子供たちへの教育などを実習する。

神学校での生活、典礼は結構細かく、新しい仕組みに合わせることは大変だが、「千里の道も一歩から」ということわざがあるように、新しい生活になれるよう努力している。

ところで、哲学という抽象的な科目を勉強することに、私は苦労している。ベトナムでの大学時代に勉強してきたマルクス・レーニン主義の哲学が、まるで何の役にも立たないような気がする。だから、すべては概念からと思い、学習している。

毎月の第一水曜日の寝る前の祈りから木曜日の昼食までは静修の時間となっている。外部から司祭やシスターが講話に来てくださる。先日は人権と妊娠中絶など倫理的な問題についてフィリピン人の方が話してくださった。

神学校は大自然に囲まれている。そのため、静かに勉強できる心地よい場所でもある。私はいろいろなクラブに参加しているが、その中に畑部がある。これは、息抜きの場と思って、結構楽しく過ごしている。私はオクラとスイカを育てているが、まだまだ小さく、花芽が出るのは秋ごろだろう。だから、夏休み前に、育てている植物を、神学校のお世話をしてくださっているベトナム人のシスターに頼んだ。こちらはサッカーグラウンドもあるし、毎週金曜日の午後四時から、イエズス会の神学生たちと楽しくサッカーをしている。

学校の裏にルルドのマリア様のご像がある。随分古いので誰もその由来をはっきりとは知らない。ただ、来年度までにはその場所を別の目的に使うために業者さんへ整理を委託している。だから、前期に三、四回ほど神学生たちとロザリオを唱えた。
勉強と祈りは時間割にきちんと入っているが、作業も必ず行う。月に一度、木曜日の午前中に神学生と養成者たち皆で行う。大掃除をしたり、草刈りをしたり、生ゴミを土に埋めたり、庭木の葉っぱを剪定したりする。

以上が神学院での主な出来事である。前期が終わる前には院長の中野裕明師が鹿児島教区の司教になるということで、神学生たちはみな驚いた。日本カトリック神学院院長としてはもう残りわずかなので、皆でプレゼントを贈った。そして楽しいバーベキューのパーティーをもって前期が終了した。

「コミュニケーションの使徒」というアイデンティティーを持つ会士としての私が、神学校で、どのように会のカリスマを生きるかをいつも考えている。できるだけ、たくさんの人と出会い、話し、兄弟愛を実践することが今の私の使命だと思っている。詩編の中に「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」(133)と書いてあるが、これからも長い長い道が目の前にある。自分自身の絶えざる努力、そして皆さんからの励ましと祈りが何より大きな支えである。どうか、神様から私たち一人ひとりに必要な力が与えられ、使命を果たすことができるように。

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