東京カテドラル 年間第32主日(マルコ12・38~44)

イエスは律法学者が「長い衣をまとって歩き回ること、広場で挨拶されること、また会堂の上席や、宴会の上座に座ることを好む」(マルコ12・38~39)と言います。「長い衣」は学者の身分をあらわす衣、「挨拶」は「丁重な挨拶」を意味し、多くの人から尊敬を受けること、「上座」は聖書が納められている聖櫃の前方にある長いすで、会衆に向かっている座席。これらのことから、たくさんの人たちの目に付き、とても気高い位置を示しています。

それに対して「貧しいやもめ」はレプトン銅貨二枚を献金していきます。やもめですから、主人を亡くし、どうやって毎日の生活をやりくりするか、不安だったのではないでしょうか。レプトン銅貨とは、一デナリオンの128分の1に当たります。一デナリオンは労働者の一日の賃金、レプトン銅貨はギリシアの最小額銅貨で、二枚となると現在の日本円で、150円くらいです。この「貧しいやもめ」にとって、150円を献金するというのは、たいへんな額で、一日の生活分を占めるようなものでした。

東京カテドラルが建設される時、ドイツのケルン教区からたくさんの援助をいただきました。献金した方々は、第二次世界大戦後、日本と同じような敗戦国であるにもかかわらず、自分たちの生活を切り詰めて献金した方が多かったと言います。

「家庭の友」誌の取材で、かつて白柳誠一枢機卿様にインタビューしたことがあります。その中で、白柳枢機卿様がケルンを訪れた際、ある家庭に招かれた時のことを話してくれました。その家庭は、東京カテドラルの建設のために、たくさんの献金をしてくれた方なので、心からの感謝を込めてその家庭を訪問することにしました。献金額も多額だったので、さぞ立派な邸宅に住んでいる方だろうと思っていたら、小さなアパート暮らしで、とても貧しい家庭でした。自分が予想していたイメージとは程遠く、驚くとともに、何不自由なく暮らしている自分の生活が、とても恥ずかしく感じられたと言っていました。

貧しくても快く献金する方々。いつの時代にも、そうした心の広い方々によって教会が支えられているのかもしれません。

あなたにオススメ