上を目指すという種 年間第31主日(マルコ12・28b〜34)

私たちは、何かしら「上を目指す」ということを本能的に持っているのではないでしょうか。それは、アスリートが自分の成績を伸ばすことであったり、「道」を極める人が精進することであったりと、今日の自分よりも明日の自分が1歩でも半歩でも前に進んでいることを求めるというものです。

みことばに出てくる「金持ちの青年」(マルコ10・17〜22)、イエス様の弟子たち(マルコ10・35〜45)そして、きょうのみことばに出てくる律法学者は、立場や動機は違っても今の自分より「上を目指したい」という気持ちを持っていたのではないでしょうか。

きょうのみことばは、1人の律法学者がイエス様の所に来て【最も重要な掟】は何かを尋ねる場面です。律法の中には、613の掟があってしなければならない248の掟と、してはいけない365の掟があります。律法学者の中では、律法の中で最も重要な掟は何であるのかと、よく議論していたようです。それで、みことばに出てくる律法学者は、イエス様とサドカイ派の人たちが【復活】について議論している様子を聞いていて、この方ならよい答えを教えてくださると思い「すべての掟のうちで、どれが第一の掟ですか」とイエス様に尋ねたのでしょう。

彼は、今までの律法学者のようにイエス様の言葉尻や行い指摘してイエス様を陥れようとするような気持ちはなく、真実の生き方を模索するような誠実な気持ち尋ねたのではないでしょうか。イエス様は、彼の真剣な質問に対して「第1の掟はこれである、『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』。第二の掟はこれである。『隣人をあなた自身のように愛せよ』。この二つの掟よりも大事な掟はない」と答えられます。

イエス様が言われた【第一の掟】は、ユダヤ人たちが小さい頃からいつも大切にしていた言葉でした。彼らは、このみことばが書かれた羊皮紙を「メズーサ」と言われる筒に入れて扉や門などにつけていましたし、祈りの時にもこの羊皮紙を入れた小箱を身につけて祈っていました。ユダヤ人にとってこのみことばは、誰もが知っていて身近なものだったのです。

イエス様は、「わたしたちの神である主は、唯一の主である」とまずおん父に向かうことを教えられ、その方法として「心、精神、思い、力」を尽くして「おん父を愛すること」を教えられました。これは、私たちの全身全霊を使っておん父を愛することを意味しているのではないでしょうか。しかし、具体的にどのようにすれば良いのか分かりません。そのため、イエス様は第二番目の掟である「隣人をあなた自身のように愛せよ」と伝えられます。パウロは、「あなた方は知らないのですか。あなた方は神の住まいであり、神の霊があなた方の中に住んでおられることを。……あなた方はその神の住まいなのです。」(1コリント10・16〜17)と伝えています。私たちの中におん父がおられるのですから、隣人を愛することは、「おん父を愛すること」と言ってもいいでしょう。

では、「隣人をあなた自身のように愛せよ」とはどのようなことでしょうか。パウロは「妻を愛する者は自分自身を愛しているのです。いまだかって自分を憎んだ者はなく、かえってそれを養い育みます」(エフェソ5・28〜29)と伝えています。確かに「自分自身を愛する」というのは、簡単なことではありません。私たちは、自分自身の嫌なところを知っていてそこを愛することは難しいことです。例えば、怒りやすい性格、怠けやすい性格、人を許せない気持ちなど、どうしても自分の中にあるネガティブな部分を愛することができません。私は、ある事で悩んでいた時に、あるシスターから「あなたがその部分を愛さないで誰が愛するの」と言われたことがあります。私は、自分の中にある嫌な部分を遠ざけようとしていまいた。しかし、シスターの言葉を聞いて「その部分も私自身なのだ」と気づいたのです。自分を愛する事は、自分自身の全てを受け入れることではないかと思うのです。まず、自分自身を受け入れ、同じように周りの人を受け入れることをイエス様は、教えられているのではないでしょうか。

この律法学者は、イエス様の答えを聞き、復唱するように「先生、確かにそうです。主は唯一であり、主のほかに神はないとは、実に立派なお答えです。……神を愛すること、および隣人を自分自身のように愛することは、どんな焼き尽くす捧げ物や犠牲よりも、遥かに優れています」と答えます。私たちは、自分が頭の中や心の中で思っているだけでは、整理できないことがあります。しかし、その思いや考えを、会話によって口に出すことで具体的な形になったり、思わぬ気づきを見出したりします。

きょうのみことばは、イエス様ご自身が模範を示された【愛】を私たちに伝えそれを歩み続けることを教えてくださっているようです。私たちは、イエス様に信頼して愛がある気持ちを忘れずに、少しでも「上に進む」ことができたらいいですね。

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