「国際化」の原点にあるもの 鈴木信一神父

最近は外国人が目立って多くなったなと感じます。東京では街を歩いていると毎日たくさんの外国の人に出会いますし、新幹線の中にもたくさんの外国人が普通にいます。五年前には考えられない外国人の数です。それに合わせてでしょうか、英語、中国語、韓国語の看板を挙げている商店がうんと増えました。外国語の看板を挙げていない店は時代の波に乗り遅れているという感じさえします。

今、企業の「研修制度」が大いに批判されていますが、この制度は日本企業の国際化に向けての努力の一つの結果です。この企業努力は自分勝手な形で行われたため、「社会的悪」「犯罪」「人権侵害」として糾弾されていますが、国際化は不可欠であるとの認識を何十年も前から持って取り組んできた企業の先見性は大いに評価されるものだと思います。

実は日本の教会はその出発点から国際化していました。日本に最初に信仰をもたらしたザビエルはスペイン人ですし、彼に続いた宣教師たちはみな外国人でした。幕末から明治にかけて日本の教会を復活させたのも、プチジャン神父やジラール神父をはじめとするパリ外国宣教会の人々でした。

聖パウロ修道会の歴史も同様です。最初に本会を日本の社会にもたらしたのは二人のイタリア人宣教師、マルセリーノ神父とベルテロ神父でした。この二人と彼らに続くイタリア人会員たちのおかげで、聖パウロ修道会は日本の教会に定着しました。しかし、この修道会の国際性は必ずしも大切にはされませんでした。日本人会員が増えるにしたがって外国人会員無用論が叫ばれ、最終的にはイタリア人会員は、日本管区には一人もいなくなりました。

そして今、その日本人会員の帰天と召命の減少で会員数が減少し、管区の存続が危ぶまれるようになると、改めて会員の国際化が取り上げられるようになりました。今回の国際化の特徴は、それが若者のリクルートにとどまらず、教育や使徒職活動の分野にも広げられている点です。またそれは日本管区にとどまらず、他の管区でも推進されている点です。

ローマでは各国パウロ会の若者が集められて合同修練が行われるようになりました。終生誓願宣立を準備する世界中の有期誓願者たちもローマに集められて、合同で準備をします。フランクフルト・ブックフェアには世界のパウロ会が集結します。日本の若い会員がフィリピンやオーストラリアに留学するのも国際化を推進するためです。ベトナムやアンゴラ、ウクライナなどに新しい共同体を作るのも国際化を促進するためです。私たちの未来は私たち自身の国際化にかかっているといっても過言ではないでしょう。パウロ会ばかりではありません。日本の教会、いや世界の教会の未来は「国際化」にかかっていると言えるでしょう。なぜなら私たちの原点であるイエス様が、「国際化」の原点だからです。

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