51. 協力者への給費を呼びかける――マスコミの先駆者アルベリオーネ神父

アルベリオーネ神父が一九一七年(大正六年)に「マスコミ使徒職の協力者会」を組織したことは前に述べた。その後、この使徒職に共鳴し、とくにアルベリオーネ神父の聖徳と人柄に魅かれて、協力者は増える一方であった。協力者から送られる寄付、手紙、記事などが神父の事務所にたくさんよせられた。アルベリオーネ神父はこの事務整理をし、協力者とのつながりを緊密にし、マスコミ使徒職の拡張促進を計る必要を切実に感じた。

そこで一九二九年(昭和四年)の日曜日のミサのあと、アルベリオーネ神父は、神学一年生のロレンツォ・ベルテロ(のちに聖パウロ会宣教師として日本へ最初に派遣された)師を、事務所に呼んでこう言った。

「私に一つのアイディアが浮かんでね……。『協力者』向けの事務が、今のところ組織だっていない。協力者向けの会報にもいっそう手をかけなければならないし……協力者とは、もっと緊密にもっと気をくばって連絡し合わねばならない。……今のところこれだけに専念する人がいないんだよ……(それから御絵の裏に何かを書き込んだ)……あなたには今やっているリノタイプの仕事(原稿を見がらタイプ式に活字を組み立てる仕事)と教職を止めて、このような大切な使徒職に全力を上げてもらいたいのだけれども。」

ベルテロ神学生は、答えた。「はい、神父さまのお望み通り、私は何でもいたします。」

「よろしい。それでは一つの部屋をこの事務だけに使おう……それに何名か助手をつけよう……これから聖堂にはいって使徒の女王にロザリオをとなえなさい。」

その必要の夕方にアルベリオーネ神父は、自分の事務所の近くに、協力者会の事務所を設けた。翌日、ベルテロ神学生は、住所録のファイルや手紙や会報などを事務所に運び入れた。またほかの人たちからも書類だの、封筒だのが次から次へと運び込まれ、机の上は、たちまちいっぱいになった。これを整理するのに一週間以上かかった。

アルベリオーネ神父は、しばしばこの事務所に顔を出して、事務を手伝い、いい勧めをし、協力者向けの会報に原稿を書き、校正した。またペルテロ神学生たちは、協力者の家庭訪問をし、聖堂建築やパウロ会員養成のための寄付集めに全力を尽くした。貧しい人たちに必要な学費を協力者にお願いし、一万リーラ以上の給費をしてくれた方を「代父または代母」と呼んでいた。給費生は、その協力者たちのために祈り、文通する義務を負った。千リーラから給費を始める協力者、お金に代わるもので給費する協力者もいた。

ベルテロ神学生は、給費を集めるのに、アルベリオーネ神父の名前を使ったが、この名前が実に協力者の心を魅き、動かし、寄付をさベルテロ神学生せるのであった。「アルベリオーネ神父の言うこと、望むことであるならば」と言って、協力者は、寛大に財布のひもを解くのであったるベルテロ神学生は新しく買ってもらった自転車で北イタリアを三年走り回って給費集めに力を尽くした。三年後には古いモーターサイクルに乗り換えた。こうして、あの世界不況の時代にベルテロ神学生の働いている間だけでも二百万リーラ(今の金に換算すると六千万円以上)あまりも給費を集めた。

その寄付集めにかけずり回っていた、冬の午後のことである。ベルテロ神学生はアルベリオーネ神父に出会った。「今日はうまくいかなかったね……」と神父は、ベルテロ神学生に言った。たしかに午前中、協力者の間を回ったが、期待していた収穫はなかったのである。ベルテロ神学生は、うなずくだけで一言もいわなかった。それから一緒に廊下を行きつ戻りつしながら話をした。神父はベルテロ神学生を励まし、突然こう声高に言った。

「明日は、神さまが助けがあるよ……神さまはご存だ……」と。このように話合いながら、二人とも「協力者会」の事務所にはいった。机の上には恩人たちの人名を整理した箱があった。アルファベット順に並んだ人名票の一つを無造作に右手で引き抜き、それをベルテロ神学生に見せるが早いか、「ここに行きなさい、聖師があなたを助けてくださるでしょう……」と命ずるのであった。「すみませんが、神父さま、この婦人をご存知なのですか?……お金持ちですか?」とベルテロ神学生はたずねた。

「だまって行きなさい……」と神父は答えてから聖堂にはいった。

ベルテロ神学生は、困ったなと頭をかきながら、すぐにシスターの所へ行ってサンドイッチを作ってもらい、モーターサイクルで出かけた。目的地はピアチェンツァのボルゴノヴォ村である。その村は岡の上にあった。すでに日は暮れかかっており、その上、しんしんと雪が降っていた。モーターサイクルは、雪道の上をすべり通して、そのライトもしばしば消えていた。少し乗っては、降りてモーターサイクルを押して、ふうふう言いながら石油ランプをともした一軒の家までたどりついた。飲食店であった。中にはいって、コーヒーをすすった。それから、例の人名票を取り出して、四○歳ぐらいの店の主人に、それを見せて、「すみませんが、この家族の所をご存知でしょうか?」とたずねた。

「あや、気の毒ばってん、こん人は、聖堂のよかばあやでな、こん下の谷におらんすとばい。今んとこ病気やなかすかと聞いてとるが。」

「ええ……それではできれば、その家まで行かなくては……」

「こげん車では、どうにもならん……足でなら雪の上じゃすと、足を取られるかもわからんばい……四輪者のやっと通れる道でござすから、雪かきもしちょらんので……」

「私は若くて丈夫な足をしていますから、やってみます……あなたの玄関のここに、この車を置かせてくださいませんか?」

「よかよか、そこに置いとけ……麦ワラをその上にかぶせて置きましょう。」

ベルテロ神学生は、白雪の光りを頼りに下へ下へと一五分ほど降りて行った。「今度は、アルベリオーネ神父が私に善いことをしてくれた。あの方は聖人だ。何が起こるか見てみよう……聖母マリアに『天使祝詞』でもとなえたらいいぞ……」とベルテロ神学生は一人考えた。

少し行くと、わびしい一軒家がちらっと目にとまった。小さな窓から、あわい光がもれていた。犬の遠ぼえが聞こえてきた。やっと一軒家の庭に着いた。「ごめんください……ごめんください……」とベルテロ神学生は控え目に呼んだ。名かからは、少し腰の曲がった老婆が肩掛けをかけ、古ぼけた石油ランプを手にかざしながら、ドアを開けた。「こげん時間に誰ですたい?」と老婆は聞いた。

「すみません。おばあさん、修道院の者ですが。」「あいや、はいりまっせ、寒かけん、さあさあ、はいりまっせ……道に迷ったとですか?」

ベルテロ神学生が家のなすかにはいると、人の好いばあやは、暖炉の燃え木を整え、さらに薪をくべて部屋の中を暖かくした。それからお客が口をはさむ間もなく嬉しそうに「あいや! あいや!」とくり返しながら戸棚からパンだのチーズだの、赤ブドウ酒のはいったビンだの取り出し、お客の前に並べた。

「おばさん、おかまいなく……」とお客は言ったものの、実はおなかの虫がぐうぐうなっていた。ばあやは、いろいろと気をくばってお客をもてなし、ぬれた靴をかわかしてくれる一方、一足の木靴をさし出すのであった。しかしお客が一体何者なのか、こんなとんでもない時間になぜ訪ねて来たのか一向に聞こうとしなかった。それでベルテロ神学生の方から切り出した。「おばさんは、ご存知でしょうが、私はアルバの『聖パウロ会』から、あなたを訪ねて来ました。私の院長の使いで来たのです……」

「おお、神父さまでっしょう、神父さまでっしょう……あがん町から下っらして、そりゃ、お疲れでっしょ……アルバちゅうとらすな……ああ、ああ、おどま毎月聖パウロ会報ちゅうもんば、読んどりまっせ、ありゃ、気にいっしょると……院長さんとか言わしたが、アルベリオーネ神父さまとはちがわんとね?……」

「その通り、おばさん、……でも私は司祭ではないんです。名前はロレンツォと言います。」

「そげんこつはよか、司祭さまの服装をしているだけでよかと……さあ食べんな……飲みな……気にすることなかと……ここは神さまが寄せてくださるゅから心配することはなかと! あした、戻りなさる時ゃ、聖パウロ会の週刊誌の予約金を払いますっから……」

「ありがとう、おばさん、……実は、アルベリオーネ神父が私をここまで使いに出したのは、ほかのわけがあったんです。」

「聞きまっしょ、聞きまっしょ……あの聖人のごとある司祭さまの言われることを……」

「あのう……アルバでは、院長さんが大きな事業をやっています。聖パウロ大聖堂の建築もその一つですが……」

「おどんが教会よりは大きいちゅうけん……」

「あなた方の教会は見たことはありませんが、そうでしょうなあ……。出版使徒職のためにたくさんの善意のある、寛大な人が必要なんです。ある会報の中に、貧しい生徒のために給費制度を設けた記事を読みましたか?……」

「うんうん、おぬしの話はわかっとらす……おぬしは天使に守られて、ここにこられなすった! 一万リーラもっちょるが……おどま年老いとるけん、出発まえに少しはよかことしとかばならんとたい……(そう言って人指しゆびを立てて天に向けた)。それに、泥棒の心配もあるけん……現金じゃなかばってん、証券でもあぶなかしゅうて……。」

ばあやがベルテロ神学生を連れて二階にお金を探しに行ったのは、夜の十二時を過ぎていた。千リーラの証券をあちこちに隠していたが、その隠し所をばあやも忘れていたので、全部見つけ出すのに、ほとんど夜通しかかった。二つの古い衣装だんすの中に、折りたたんであったシーツの間に、証券があちこち散らばってあった。与えるばあやの方も受け取る神学生にもまして、しあわせであった。

朝の四時に、ばあやは神学生にコーヒーをつくってあげた。神学生は靴をみがいた。ばあやは、車でゆっくり行くようにと勧めた。そしてどうしても神学生の手に接吻したいと言ってきかなかった。とうとう出る段になった。ばあやは最後にこう言って見送った。「無事に旅してのう……おぬしのことは、もう忘れはせんたい。……聖人がとある院長さんによろしく……おどんがために祈りばお願いしまっす……とくに、おぬしが司祭さまにならしたらばね……」

丘の上の飲食店の人たちは、まだみんな寝ていた。しかし家の主人は、親切にも起きて来て、神学生に例のモーターサイクルを渡してくれた。寒くて凍りついていた。エンジンをかけるには、大変な忍耐がいった。

その日の午前九時にアルバに着いた。いい天気だった。ベルテロ神学生は、アルベリオーネ神父を、すぐに探した。神父は台所にいて、シスターと話をしていた。神父は、その神学生を見ると、すぐさますべてが解ったようで、ほほえみかけた。事務所のほうへ、いっしょに歩きながら、「給費は全額もらったのだね?」と聞いた。

「はい、神父さま、おかげさまで……」

「昨日の午後、あなたは、少しぶつぶつ不平を言っていたら……何にもいいものは見つけなかったろうな……しばらく休んでから、私の所に来なさい。ありがとう……」

ベルテロ神父によれば、これと同じようなエピソードが、パリの聖パウロ修道院で働いていた頃に二つもあったという。ピエモンテ出身の二人の司祭は、おのおの三千リーラを貧しい生徒のために寄付したが、その時も証券が秘密タンスの中の真白い洗濯物の間にはさまっていた。聖パウロ会に対する神の援助は、実にふしぎな方法で与えられた。

・池田敏雄『マスコミの先駆者アルベリオーネ神父』1978年

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現代的に一部不適切と思われる表現がありますが、当時のオリジナリティーを尊重し発行時のまま掲載しております。

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