46. 青少年に夢を与える神父 ――マスコミの先駆者アルベリオーネ神父

アルベリオーネ神父は志願者の募集についても出版物を使って大胆な計画を立てた。ヴィタ・パストラーレ(Vita Pastorale)という月刊誌を二万部印刷し、教会の主任司祭へ毎月無料で発送した。

内容は司牧に関する論文、教皇庁の文書などを盛り込み、その間に聖パウロ会発行の広告を入れ、さらに志願者募集の広告も入れた。これがよい宣伝になって、若者が続々アルバ修道院へ入会を申し込むようになった。ある主任司祭は、何人もの少年を引き連れて、聖パウロ会に入会させた。こうして、アルバの修道院はみるみるうちに、満員になった。

修道院では一二、三歳の少年たちに中学の課程をさせながら聖書の製本を見習わせていた。最初はぎこちない手つきで製本をしている少年たちも、のみこみが早く、めきめき腕を上げ、しばらくすると大人の製本工にも負けぬほどの成績を上げ出した。時々訪ねてくる外部の神父たちも、少年たちが黙々と製本の仕事に打ち込んでいる姿を見て驚嘆した。そしてこの良い評判が、教区の司教方やついに教皇庁にも達し、聖座法による修道会昇格の有利な材料となったのである。

アルベリオーネ神父は、青少年たちに、むりと思われることをやらせてみて、彼らの潜在能力を掘り起こして、仕事なり勉強なりに大きな成果をあげさせたのである。そして神父の偉いところは、若者たちに、教会の中で、だいじなことをしているという誇りと責任感をもたせたことである。それも、ひとりやふたりではなく、数百人に責任感をもたせ、生涯をかけさせたのである。一五、六歳から二五歳ぐらいの青少年たちが、大多数であったが、遊ぶ時には大いにはしゃぎ、仕事の時には黙々と一生懸命に働いた。それで一日中印刷機は回転し、次から次へと新聞や雑誌が発行された。

なぜアルベリオーネ神父の指示に、多くの若者たちが全力をあげて従ったのだろうか? それは神父が若者の心をよく理解し、苦労も喜びも共にし、偉大な理想をいだかせ、若者の心を超自然のものへと高め、自分たちで社会を改善して行こうとするファイトを起こさせ、生きがいを感じさせたからであろう。

それにアルベリオーネ神父自身が、神と親しく交わる祈りの人であり、神の代理者であることを青少年に確信させたからである。神父の外ぼうは大したものではなかった。やせこけて、骨はあっちこっちでっぱり、背は低く、しかも猫背で、みるからひよわな体質である。だからこそ、いっそう、そのからだに人間以上の何かがひそんでいるのが強く感じられた。

ある日、神父は、青少年を一堂に集めて会員募集の問題について話し合った。その時、神父は「聖パウロ会に入会したい志願者を受け入れる時に、一つのことを考えてもらいたい。志願者は、なるべく体格がよくて容ぼうの整った美男子が望ましい。私みたいな人を入会させてはいけませんよ」と発言した。募集係りの青年たちは、これに答えて「あなたみたいな人が千人きたら千人とも入会させますよ」とじょうだんを言った。

アルベリオーネ神父は、聖パウロ会以外のまわりの人にも神の代理者としてのイメージをあたえ、協力者をたくさんかちえた。神父のはじめたマスミコの使徒職は大事業であるから回転資金がなければ動きがとれなくなる。印刷した本の販売による資金づくりのほかに、神父は村の人の信用をえて小さな銀行をつくり、そこから借金で事業の資金をまかなった。その銀行の名は「アルバとベネヴェロの銀行」(Banco di Alba Benevero)であった。

ベネヴェロ村の人たちも、アルベリオーネ神父を信用して、その銀行に預金したのであるが、それは同神父が病気で二か月ぐらい 同村で療養していた時に、村の人に親しまれ、常に神のみ旨に従う聖人のような神父であるとうわさされていたからである。それで村の人たちは町の銀行に預金するよりも、神父の銀行にあずけるのがより安全だし、神のみ栄のためになると思ったのであろう。神父は借りた金は、ちゃんと利子をつけて返していた。

なお、先に述べたユダヤ人のブローカは例の工場を神父に買ってもらったことに対して感謝していたし、その所有主の貴族から最後の支払いを受け取った時に「助かった」ともらしていた。神父に買ってもらわなければ倒産して路頭に迷うことになったかも知れなかったのである。

こうしてアルベリオーネ神父は、人びとから尊敬され、信用されながらも、自分は神の道具にすぎない、と次のような謙虚な心を持っていた。

「神と人びとの前に、主から私に委ねられた使命の重さを感じる。主は、もっとふさわしくない、もっと能力のない人を見い出されたなら、その人を選ばれたであろう。しかし、このことは、私のため、またすべての人のために、主が望み、行わせられる恵みである。それはちょうど、芸術家がどんな安い筆でり握り、またどんな作品でもものにしていくように、聖師イエス・キリストもまたそのとおりである。私たちは、教会とイエス・キリストの代理者の上に基いを置いている。この確信は、喜び、勇気を与える」と。

アルベリオーネ神父は、聖霊には敏感に反応し、神の息吹がむだに通り過ぎないように注意し、できるだれこれに従っていた。それで神は、この従順なしもべアルベリオーネ神父を使って、次々と大事業を始められたのである。それは次にのべるパウロ家の創立である。

・池田敏雄『マスコミの先駆者アルベリオーネ神父』1978年

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