命のパン 年間第20主日(ヨハネ6・51~58)

日常生活の中で不可欠なものは何でしょうか。目に見えないものであれば、光、風、息、霊、神などをあげることができるでしょう。目に見えるものであれば、食べたり飲んだりすること。

食べることを考えてみると、それは空腹を満たすためです。食事には「目で食べる」というように、日本食は欧米の食事に比べてとてもきれいです。盛り付け、きめ細やかさがあるのではないでしょうか。

また飲むことも人間の生活で欠かせないものです。暑い時に冷たいビールやソフトドリンクを飲む。それによってコミュニケーションをとることもできます。

今日のみことばでキリストは「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は永遠の命を得る」(6・54)と語ります。ユダヤ人には「肉を食べる」とは人を殺すこと(詩編27・2)を意味し、血を飲むこともユダヤ教では厳禁され(レビ17・10~14、申12・23参照)、衝撃的なことでした。しかしイエスは、「これは天から降ってきたパンである。このパンを食べる者は永遠に生きる」(6・58)と語ります。

ギリシア語で「食べる」という用語には主に三つ出てきます。①「食べる」ことでよく使われる「エスティエイン」、②「大食い」「大食漢」を意味する「ファゲイン」、③「噛み砕く」の意味を持つ「トロゲイン」。6・53に登場する「人の子の肉を食べ」は「ファゲイン」、6・54の「わたしの肉を食べ」は「トロゲイン」、6・58の「このパンを食べる者は永遠に生きる」も「トロゲイン」が使われています。こうした表現からも、ユダヤ人にとっては、なおさら衝撃的だったのではないでしょうか。

またイエスは、十字架上で自分自身のいのちをささげます。こうして私たちは裂かれたイエスの体、流された血にあずかることによって、新しい命を生きます。私たちに記念として残された聖体をいただきながら、キリストとの一致を考えてみましょう。

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