感謝の心 年間第17主日(ヨハネ6・1~15)

同じものでもリサイクルする人、捨てる人、別の用途に活用する人、実にさまざまです。

今日の箇所は、パンを増やす奇跡ですが、男だけでも5,000人近くいます。大麦のパン5つと魚2匹を持っている少年に出会います。弟子たちの反応は常識的な考えです。「こんな大勢の人では、何の役にも立たない」と言います。常識では確かにそうです。

それに対してイエスは「パンを取り、感謝の祈りを唱えて」から多くの人に分けていきます。イエスは決して少ないと嘆きません。むしろ感謝の祈りを唱えています。

弟子たちの反応とイエスの反応とではずいぶん異なっています。数の上ではまったく同じですが…。同様に私たちもよく召命について、少ないと言ったりしますが、恵まれていることに対して感謝を忘れてはいないでしょうか。

10年前、広島で日韓学生交流があり、雑誌の同行取材をした時のこと。一人の司教さんが自分の体験を交えて次のように話しました。

「私のお父さんはガンになり、モルヒネを打って、家で一日中ボーとする日々が続いていました。ある日、お母さんが次のように言いました。『お父さんは一日中ボーとしていて、世話を焼いているなあと思うでしょう。何の手伝いもしないし…。でもお父さんが生きているだけでも幸せなんだよ』」。

そのお母さんの言葉にとても感動したそうです。この話を聞いた日本と韓国の学生たちは、とても共感を覚えていました。他人に世話はかけているけれど、そこにいるだけで幸せを与えてくれる。どんなに感謝に満ちた言葉でしょう。

私たちも日々の生活で迷惑をかけることもたくさんあります。でもそれはお互いの思いやりや交流のために、とても役立っているものです。

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