42. レンガをめぐ訴訟事件――マスコミの先駆者アルベリオーネ神父

聖パウロ会内でレンガ焼きを始めるまでのいきさつの中に、アルベリオーネ神父の人柄をしのばせる興味深いエピソードが残されている。アルベリオーネ神父は建築用のレンガを、最初ソルバというレンガ焼きの職人からつけで買い入れていた。

ところが、その代金の支払いがのびのびになったので、たまりかねたソルバ氏は、裁判所に告訴したのである。この件を扱った「無名のパウロ会協力者」と自称する一裁判官の保存していた次の訴訟記録には、アルベリオーネ神父の人柄が、なまなましくにじみ出ている。

「その時、私はアルバ裁判所の弁護士会および検事会の人名簿に登録権をうるため、二年間の司法修習生として故テオドロ・ブビオ議員とリカルド・ブルノ弁護士について司法を研究していた。

アルベリオーネ神父が、フォルナチェ・ソルバに支払うべきレンガの代金一万リーラ(三○万円ぐらい)の借金をだまして支払わないと告訴されていたので、私たちはこれを弁護していた。これらのレンガは、今の庭の真ん中にある母院と初期の聖堂の主要な壁をつくるのに使われた。

裁判が行われた。裁判長はかんたんに言った。『アルベリオーネ神父さん、ここにおられるソルバさんに借金していることを認めますか?』

『はい、裁判長殿、負債は認めます。また親切なソルバさんが、レンガ代金をつけにしてくださったことに感謝します』

『それでは、あなたは司祭としてソルバさんに、その借金を返さねばなりません。というのも司祭が人を欺いて支払わないという裁判が出たら、ちょっとつまずきになりますからね……』

『しかし、私にはお金がありません。裁判長殿! 最後の一銭まで払いますから、ソルバさんにお願いです。少し伸ばしてください。それに、まだレンガを何千個か貸していただきたいのです』

ソルバ氏は、張り出しの所で、トゲの上にいるみたいに、すっかり落ち着きを失っていたが、このような申し出に、猛然と立ち上がり、口火を切った。

『よくもまあ、そんなお願いができるだべ、。厚かましいにもほどがある。アルベリオーネ神父よ、借金は返さないくせに、まだレンガを貸してくれと。ずうずうしいにもほどがあるだ! 拘置所に叩き込んでやるべ! くたばれ!』

すると裁判長は、それに輪をかけた。

『アルベリオーネ先生、きこえましたね? 借金を返すか、それとも拘置所に入るかですよ』

アルベリオーネ先生はいもの通り謙遜な態度で、頭を軽く前に下げながら、二人の非難をうけとめていたが、頭を上げて言った。

『裁判長殿、ソルバさんに私のさしあたり出きることは、何名かの少年たちあるいは全員をつれてきて借金に見合うだけの仕事を無料でさせていただくことです。でなければ拘置所にはいってもかまいません。さうしたら、少し休むことができるでしょう。ほんとうに、私は疲れ切って、立っているのがやっとです。神様のお取り計らいで私のあわれな少年たちのことはなんとかしてくださいますでしょう。』

その時、根は善人のソルバさんは、葉巻の残りをかみ続けていた。タバコをぎりぎり節約していた時代には、そういう習慣があった。やっこそんは衛生や行儀もそっちのけに、当時の習慣通り、地面にそれを二回ぺっと吐き出した。そしてわが身に言い聞かせるように、こう言った。

『あの“がきども”を引きと取れと? けど何一つまともなことができやしない? かえってあっしらがやつらを養って飢えを満たしてやらなくてはならん。ええ、やつらは、がつがつするんだべ! あっしは、気狂いではあるまいし! アルベリオーネ神父が拘置所に入ったところで。あっしは、一銭もお金が戻ってくるわけではあるまいし、あっしの一万リーラはおさらばだべ! よろしい、裁判長殿、あっしは告訴を取り下げ、貸し金は、いちおうなかってことにしますぜ。けどな、アルベリオーネ神父、誓うんだべ。よいか、もう二度と二輪車をころがして、あっしのレンガ焼き場にレンガを取りにこないとね。でないと、あっしは、棒を取って、レンガどころか、叩き出すだんべ!』

『ありがとう、ソルバさん。もうレンガはいただきにまいりません。その上、自分で断食してでも一万リーラは支払うようにいたしましょう』

『それはだめ、先生よ、そんなことはよしな。もう骨皮筋衛門だべ。そのスータンは、神父の両方にのっかっているが、まるで洋服掛けにかかっているみたいだんべ。もうよかんべ。話はこれまでだ』

ところで、おもしろいのは、これからだ。アルベリオーネ神父は、それから、現在、ファミリア・クリスチアーナ誌の印刷工場が建っているちょうどその場所に、初めてレンガ焼きかまどを作りってのだある。

そして神父は少年たちといっしよにレンガ作りの練習をした。少年たちは大いがんばり、まめに働いたので、自分たちに必要なレンガはもちろん、その地域の建築現場監督にもうれるほどたくさん生産し、ある程度、レンガ焼きのソルバと競うようになったるそれでソルバさんはある朝、私たちの事務所に顔を出して一席ぶった。

『さて一つお勧めをいただきに参ったので。アルベリオーネ神父は、あっしの借金は払わず、拘置所にもはいらないだ。あっしに払うはずの一万リーラをあっしが帳消しにしたればこそなんだ。そのお礼がなんと、あやつはレンガ作りを始め、あっしを今にも倒産させんばかりにしたので。あそこのがきたちときたら、ただ働きをし、安値でレンガの叩き売りをしやがるんで。あっしはどうしたらよかんべ』

ブルノ弁護士は、どっと笑いこけてから答えた。

『ねえ、ソルバさん、あなたは敬老の年になりましたので、仕事はやめるべきですね。どうせ、あと五○年生きたとしても、あなたの財産の半分以下も使い尽くせないでしょうよ。もう少しこうしてあげなさい。アルベリオーネ神父がレンガをつくって、それを売り、自分の子どもたちを養うだけのパンの代金をもうけさせてあげなさい。

あなたとしても、まさか、あの人たちに物乞いをしに町を回らせたらよいと思わないでしょうね! ですから、放っておきなさいよ。こうすればあなたも少しは功徳を積むでしょう。功徳というものは、泣いたって笑ったて、どうせこの世を旅立たねばならなぬ段になると、レンガよりか金よりか、もっと役に立つものですからね』

それでソルバさんは、ちょっぴり考え直してから葉巻の残りをかみ、にがいツバをぐっと飲み込んで、こう結んだ。

『アルベリオーネ神父とかかわり合ってみろ! 借金は払わず、ぶた箱にもはいらず、競り売りをしやがるんで。おまけに弁護士は弁護士で、あっしにアルベリオーネ神父に感謝すべきだと言うだんべ……! けどアルベリオーネ神父は、大したしたたか者だべ! おお、弁護士さんよ、あばよ、お勧めのお代は払うもんか!』

ソルバ氏はアルベリオーネ神父に都合をつけたレンガとレンガ焼きかまどの件で神父と訴訟問題を起こしたあと、そんなに長生きしなかった。氏の死後ソルバ未亡人は、一九二五年にアルベリオーネ神父に次の手紙を書いている。「聖パウロ聖堂建築のために、私は五万リーラ分レンガを来年の春にお渡しいたしますから、私と亡くなって身内のためにあなたの修道会のお祈りをお願いします」

これで一件落着かと思えば、また次の事件がアルベリオーネ神父を苦しめた。こんどは本人自信の健康に関する死活問題である。こういう重大な試練の時に、パウロ家に寄せる神のみ心が、はっきりと創立者に現わされるとは、実に神のみぞ知るところである。

・池田敏雄『マスコミの先駆者アルベリオーネ神父』1978年

おしらせ
現代的に一部不適切と思われる表現がありますが、当時のオリジナリティーを尊重し発行時のまま掲載しております。

あなたにオススメ