行ってすべての人に福音を! 山内重夫修道士

半農半漁を生業とする小さな町に生まれ、兄が四人、姉が一人の六人兄弟の末っ子。両親ともカトリック信者で、毎朝毎晩、両親の声に合わせて祈っていた。

パウロ会の修道院に入るきっかけになったのは、19歳の時に教会で行なわれた年の黙想会。教会内には、保護の聖人フランシスコーザビエルの像があったが、その像が「行ってすべての大に福音を宣べ伝えなさい」と語りかけているように思えた。

ちょうど仕事もなく、フラフラしている自分を見て、お告げのマリア会のシスターになっていた姉がパウロ会の山野修道士さん(故人)を紹介したのが召命のきっかけになった。

福岡修道院の第一期の志願者で、この時から洗礼名の「ミケレ」(伊語)で呼ばれるようになった。「ミケさん」と呼ぶ同期には中村修道士、牧山修道士がいた(二人とも故人)。当時、宣教師たちが被るつばの広い黒の丸帽子を被って、地方に本の販売に行ったときにはちょっと恥ずかしかった。

あれから長い年月が流れた。

年の黙想に参加して、私にとって貴重な黙想会であったので、指導司祭が述べられた一部を覗いてみたいと思います。

神さまを知ること、父である神はとてつもない愛そのもので、とてつもないこの愛を、ご自分の中に留めておくことができずに、必然的に神の子であるイェスーキリストを生み出していった。第二のペルソナである。

ところがこのとてつもない大きな愛は、父と子のこの一対一の関係では留めることができず、そこで溢れ出てきたのが聖霊。ところがこの愛はあまりにも大きいがために、三位一体のこの交わりだけでも留めることができずに、そこから溢れ出てきた、それが全世界の創造、人間の創造である。

したがって人が神の似姿であるというのはこの三位一体の愛の交わりを、必然的にその中にきざみつけている存在であるということです。この神の恵みによって、私たちは当然のことながら愛し合うようにむけられている。

そしてこの愛は神の愛ですから、私たちの中に留めておくことが出来ずに、外に向かって溢れだして行く。
それがいわゆる宣教であるということ。

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