【懐かし写真館】

【懐かし写真館】
明日8月20日は、聖パウロ修道会の創立記念日です♪
聖パウロ修道会は、「Scuola tipografica piccolo operaio(イタリア語で小さな労働者印刷学校の意味。以下「少年印刷所」と記します)」の名をもって、1914年にイタリアのアルバで誕生しました。
今日の懐かし写真館は、少年印刷学校の建物や、初期の生活点描をご紹介いたします!

1914年8月20日、アルバのケラスコ広場に「少年印刷所」を設立。これが、聖パウロ修道会の始まりです。

その日は、教皇ピオ10世が地上の生涯を閉じた日であり、激しい使徒職と最も高い観想とを調和させることを知っていた聖ベルナルドの祝日、そして、まさに第一次世界大戦がはじまったところでした。

最初の入会者コスタ少年は22日の夜に、アルマーニ少年と協力者マロッコ青年は、その翌日23に到着しました。

アルベリオーネ神父は、8月24日に、家と機械を祝別し、神のいつくしみによりたのみ、この小さなグループで、小さな印刷工場をはじめることができました。

そこには、少年たちのために1台のベッドがあったのですが、アルベリオーネ神父のためには何も無かったので、彼は神学校に休みに行きました。神学校に行く時間がないときには、印刷学校(小さな労働者印刷学校は通常、こう呼ばれていました)の入り口においてあったソファーの上で休んだのでした。

この印刷学校で最初に印刷されたものは、アルベリオーネ神父とプリエロ神父共編の、カテケージス(要理)の本でした。この本は決して美しい出版物とよべるものではありませんでしたが、一粒のシード、小さなからし種が一粒、地にまかれた時といえます。

創立当初、アルバの社会主義者たちが何回も印刷所、修道院、新聞を焼くと脅かしたので、万一の時、少なくとも少年たちが危険に見舞われず、あまりこわい目にあわずにすむために、アルベリオーネ神父は不寝番をして夜を明かすこともしばしばでした。

同じようなことが、ファシズムの組織が始まったころも起きました。彼らの脅かしがいよいよ通告となり、事実となるにいたって、建築のために融資をしていた協力者たちも、彼への信頼を失っていきました。

そこから当惑や根拠ある心配が生まれましたが、会員はだれも、神への信頼を失いませんでした。彼らはいつもロザリオの祈りを唱え、聖パウロに祈り、アルベリオーネ神父の意向に従って聖体訪問をしていました。

すべては錯覚なのだろうか・・・。

この考えは、何年かの間、彼を苦しめました。

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