私にとっての聖パウロ修道会の霊性~キリストの真の証し人に~ 赤波江謙一神父

表には幼い姉妹が小船の中に座って手を合わせ、月の光に照らされながら湖の岸辺のマリア様の御像に向かって祈っている姿が描かれ、裏には万年筆の極細の字で、

天主の栄光 人々に平安
1958年 クリスマス
院長
赤波江謙一君

と書かれた小さな御絵が、私の祈祷書の中にはさまれている。

中学二年生の4月に聖パウロ修道会福岡修道院に入会し、修道院で迎えたその年の初めてのクリスマスに、院長のパオロ・チリオ神父様からいただいたクリスマス・プレゼントに添えられていた御絵である。

万年筆の字の主は、マエストロの前田俊郎神父様である。プレゼントが何であったかは覚えていないが、御絵とかメダイをいただくのが本当にうれしかったあの時代に、この御絵を見たときの暖かい喜びは覚えている。

年月を経た今でもこの御絵を見るたびに、あまりいろんなことを知らずに、ただ淡い憧れを抱いて修道院の門をたたき、一年間をすごしたことが、この御絵の思い出と重なって思い出される。

翌年の1959年10月に、福岡修道院では前田俊郎神父様を中心に、さまざまな展示物を作って聖パウロ修道会全体の組織や、日本における当時の聖パウロ修道会の使徒職を説明し、私たち中学三年生は聖書劇を準備して、管区長のグイド・パガニーニ神父様をはじめ、多くのお客様をお呼びして創立25周年を盛大に祝った。

あれから年月が過ぎた。私自身の入会前のことは、記録や先輩たちの話によって知らされているが、日本の聖パウロ修道会の今は、この最初の四半世紀においてその基礎が固められたのではないかと思う。

パオロ・マルチェリーノ神父様とロレンツォ・ベルテロ神父様が日本の土を踏んだそのとき、彼らは無一文だったと聞いている。そこから始まる二人のさまざまな活躍は人間的武勇伝のように語られているが、その根底にあったものは、彼ら自身の聖霊に対する絶対的な信仰であり、ひいては創立者のカリスマに対する全面的な信頼であったことは間違いない。

聖パウロ修道会における私自身の養成期間、司祭に叙階されてからの期間を振り返ってみると、その期間をとおして学ばせていただいたことが、今司祭として生きる中で徐々に明らかになってきているような気がする。それは聖パウロ修道会という共同体に生きる私自身が、修道会という存在を通していかにキリストを伝えるかという使命である。

「福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、福音に共にあずかる者となるためです」(1コリント 9・16,23)という聖パウロのキリストに対する愛を、創立者や日本における初期の宣教者たちは文字どおり身を挺して証ししてきた。

彼らの霊的遺産を有効に生かしつつ、これからの歩みの中で、ただひたすらキリストの真の証し人になれるよう、聖霊の導きを祈るばかりである。

あなたにオススメ