裏腹なこと

今年の復活祭は、聖土曜日の徹夜祭を東京の四谷修道院で深夜に祝い、主の復活の主日のミサを神奈川県平塚市にある聖パウロ女子修道会でささげることになっていました。通常の日曜日のミサの場合、前日の土曜日の夕方平塚の修道院に泊まって、翌日の朝7時にその日のミサをささげるのですが、平塚の修道院では最近、諸般の事情により、復活徹夜祭の儀式は挙行されず、主の復活は日曜日の日中のミサだけをささげるのが習慣になっています。私は今年の徹夜祭を司式して夜遅くまでかかりましたので、翌日曜日の早朝に自動車で東京を出て7時前に平塚に着くように予定していました。

ところが平塚修道院の院長様からの依頼で、平塚の修道院の近くの老人ホームに入所している三人のシスターたちが、カトリック信者である同ホームの施設長のご厚意で修道院での主の復活のミサにあずかれることになったのだけれど、ホームで朝食を済ませてから来るので、ミサを通常の7時からではなく、少し遅らせて9時半から始めてほしいと言われていました。私にとっては早朝に出発する必要がないのでゆっくりできて好都合でした。そのことは良かったのですが、直前になって院長様から、平塚の市民病院に入院している二人のシスターの具合があまり良くないので、ミサの後、直ぐに病院に行って病者の塗油の秘跡を施してほしいと言われたのです。9時半からのミサだけでしたら、それが終わって東京に戻っても、修道院での昼の食事に間に会うと思っていたのですが、これで食事に間に合うかどうかあやしくなったな、なんて不謹慎な思いが頭をよぎりました。それに加えて、今度はミサの開始直前に、典礼係のシスターから、ホームから来ている三人のシスターたちは、ホームでの昼食に間に合うように帰らなければならないので、ミサの中の歌も省略して唱えるだけにして、出来るだけミサの時間を短縮してほしいと言われたのです。ついでに私が「じゃあ、説教も短くしろ、とおっしゃるんですか?」と聞き返したら、「そんなことはありませんけど」とは言いましたが、私にはそんなふうに聞こえました。主の復活のミサなのに、人間的な理由で短縮するなんて、と不本意な思いで言われたとおりに短縮ミサを心がけたおかげで、なんと10時10分過ぎにミサは終わりました。

ミサ終了と同時に病院に向かい、お二人のシスターに病者の塗油の秘跡を行い、その後で今度は別の近くの病院に入院しているシスターを見舞って、全部終わったのは11時半を過ぎていました。その時点で四谷の修道院の台所に昼ご飯を確保すべく電話を入れたのですが、復活の聖なるミサと大切な病者の塗油の秘跡、病人見舞いという司祭としての務めを果たした安堵感とは別に、朝からほとんど何も食べていない体はへとへとでした。そんな状態で振り返ったときに、復活のミサなのに早く終わるために説教は短くとか、ミサが終わったらすぐ出掛けるとか、そんなことばかりが脳裏にチラついて、満足のいく復活祭ではなかったなあと、心身ともに疲れ果てた日曜日でした。

出来たてだったらさぞかし美味しかったであろう、シスター心づくしのパスタをレンジで温めてビールと一緒に一人で頂いたのですが、本当の復活の感動の喜びが与えられたのは次の日、月曜日の朝でした。

朝、いつものようにパソコンを開いてメールをチェックしたところ、最初に私の目に飛び込んできたのは、昨日の平塚の修道院の院長様からの次のメールでした。

今日はお忙しいなかをほんとうにありがとうございました。
みなとても喜んでいました。
尾野様(中井富士白苑の相談員で女性の方)は神父様のお説教で
涙が出るほど感動したとおっしゃっていました。
病者の秘跡も感謝申し上げます。これですっかり神様のみ手に委ねることが出来ました。

メールを読んで思い当たることがありました。三人のシスターに付き添って来られて、ミサにも参列していた信者ではない人がおられたのは知っていました。そしてその人が私の説教中にハンカチで顔を拭っていたのも私の目に入っていました。でも、暑くもないのになぜ顔を拭っているんだろう、と思ったくらいで、さして気にも留めていませんでした。ですから「涙が出るほど感動した」ことを後で知って、「あ、あれは、涙を拭っていたのか?」と私の方が驚いてしまったのです。だって私は早くそのときのミサを早く終わるために説教を端折ることしか念頭になかったからです。いったい何がその人を感動させたのだろうかと考えてしまいました。

復活されたイエス様は、その最初のご出現を、ペトロやヤコブ、ヨハネといった主だった使徒にではなく、かつて七つの悪霊にとりつかれていたマグダラのマリアになされた。これはイエス様が人間の弱さを大事になさるということを示している。だから私たちは自分の弱さを軽んじてはならない。この弱さを通してイエス様はご自分を現そうとしておられる。その弱さというのは自分の弱さだけではない。隣人の弱さも主イエスがご自分をお現しになるための大切なものだということを忘れてはならない。弱さへの共感こそ、キリストのいつくしみの原点である。

そんなことをわずか10分くらいの説教で話したに過ぎません。気持ちが入っていたような記憶もありません。でもそのような人間的な乱れた弱い状態の中でも、主は大切なことを、必要な人に届けてくださるんだ、ということを遅ればせながら知って感動しました。もしかしたら、今年の復活のミサは、いつもさまざまな理由で弱くされてしまっている人たちを相手に仕事をなさっている、あの相談員の方のためだったのかもしれないと思ったくらいです。「私の言葉ではなく、私の思いではなく、あなたの言葉とあなたの思いが私の口を通して人々に伝えられますように」という祈りが聞き入れられたと信じています。「私が語る。あなたは告げなさい」という主の思いをこれからも保ち続けて行きたいと思っています。

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