義理に応えた召命 山口栄修道士

私は長崎県の田平教会出身です。私がどうしてパウロ会に入会したかを、紹介したいと思います。

小学5、6年生の頃、神学校やいろんな修道院から、教会や家庭に志願者募集に来ていました。私の家にもいくつかの修道会から来ました。その中に聖パウロ修道会がありました。私は神学校や修道会には行く考えは全くありませんでしたので、募集のために来た人に断り続けていました。また、私の両親もこの子はどこにもやらないと言っていました。特に母が反対していました。その理由は、兄が神学校を、姉が修道院をやめていたからです。

ある日のこと、聖パウロ修道会からパウロ山野忠次郎さんが、私の家を訪ねて来て下さいました。それが小学5年生の時だったと思います。パウロ山野さんが「聖パウロ修道会に来ませんか、いやぜひ来てください」と、そして聖パウロ会のことついて、いろいろと説明して下さいましたが、私は「聖パウロ会には行きません」。両親も「この子はどこの修道会にもやりません」と、言って断りました。でもそれからも数ヶ月おきに何度か私の家を訪ねて下さいましたが、来るたびに断りました。

やがて小学校を卒業して地元の中学校へ行きました。それでもパウロ山野さんは、機会があるごとに家を訪ねて下さり、「聖パウロ会に来なさいよ、あなたがよく知っている人が何人もいるから、何も心配いらないから」。でもまた断りました。そうしてまた数ヶ月してから、パウロ山野さんが家に来て、「とにかく来て見なさいよ、また聖パウロ修道会のことについて説明して下さいました」。それを聞いた父が根負けしたのか、「パウロ山野さんが、こんなにまで言って下さるのだから行ってみたらいい。もし勤まらなかったら帰ってくればいい」と。ついに父はパウロ山野の説得に根負けしたようです。でも、反対していた母も、父がそう言うのならしかたないと、あきらめたようです。どこにも行かないと言っていた私がどうして、そこで気が変って聖パウロ修道会に行く気になったのか、今でも分かりません。

終生誓願(1969年)

こうして中学2年生から福岡修道院に入会しました。その時に同じ教会出身の人が4、5人いました。ともかくパウロ山野さんに根負けして入会した感じです。よく考えてみると、とても不思議な召命だなと、今でも時々思い出します。中学を終えて、東京へ行き、その当時は司祭になるコースとブラザーになるコースの、いずれかを選ぶようになっていましたので、私はブラザーコースを選びました。ブラザーコースの人は午前中に修道院で授業があり、午後からは使徒職でした。私の使徒職は印刷機械でした。印刷機械はB全の半分のサイズでした。その印刷機械は手差しで、そのため紙を1枚1枚手で差し印刷するのですが、それがなかなか出来なくて苦労したのを覚えています。当時は活字で、1ページの版を作り、それを印刷機械に出し入れする時に、その版下を壊してしまい、すごく怒られたこともありました。

ある日、赤坂修道院から八王子修学院に移転なり、そこでも印刷機械と印刷するための用紙の断裁と、発注書の授受などして、約1年半そこで生活し、その後、若葉修道院にある営業部へ移動になり、私を入会へと導いて下さった、パウロ山野さんと一緒に働くことになりました。営業部での私の仕事は、書籍倉庫の管理とその日、荷造った発送物の発送です。その当時は小さい荷物は郵便局へ、大きい荷物は鉄道の貨物扱いで発送するために、四ッ谷駅に持って行っていました。この仕事を定期便と言い毎日の日課になっていました。

それから数年後に、書店の聖品売り場に移動になりました。書店での一番の思い出は、移動になって数ヶ月したある日、教皇様が来日しました。そのために日本の各地から上京した信者のみなさんが来店して下さり、そう広くない売店が身動できないほどになったことを、今でも忘れることが出来ません。

誓願25年(1989年)

その後、当時の管区長から「大阪の箕面修道院に移動して、そこで働いてくれないか」との話がありましたが、断りました。その理由は、今まで支部で働いたこともなく、使徒職が主に出張宣教でしたので、その経験がまったくないし、私には性格的に向いてないと思ったからです。でも結果的には移動することになりました。そして約12年間、大阪にいました。その間いろんなことがありましたが、今でも強く印象に残っていることを紹介したいと思います。

私たちは教会で日曜日のミサ後に、書籍や聖品の販売に行っていました。ある時、教会で販売している時に、信者さんから質問がありました。それは、「女子パウロ会は知っているけれど、男子パウロ会があるのを知らなかった」。「社名はサンパウロだけど、聖パウロ会の本部はイタリアのローマのはずなのに、どうして、ブラジルのサンパウロなのですか」。「神父やシスターは知っているけれど、ブラザーは知りません。修道院で何をしているのですか? また修道院の中でどんな立場にあるのですか?」などなどです。私にとって、いい経験、体験をしました。神に感謝です。

また関西地区の協力者会の皆さんと一緒になって宣教活動したことも、忘れることが出来ません。まだまだ思い出では、たくさんあります。

今現在、何か特別なことをしているわけではありませんが、神様から私に与えられた修道生活を最後の最後まで出来ればいいなと思っています。(談)

あなたにオススメ