重い皮膚病 年間第6主日(マルコ1・40~45)

重い皮膚病というのは、祭儀的に汚れたものと思われた皮膚疾患の総称でした。詳細については、レビ記13章を読んでいくとよく分かります。

例えば、「ある人の皮膚に腫れ、あるいは吹き出物、あるいは疱疹があり、それが重い皮膚病の症状のようになるなら、その人は祭司アロン、あるいは祭司である彼の子らの一人のもとに連れていかれる。祭司は皮膚の症状を調べ、その患部の毛が白く変わり、皮膚の下にまで及んでいるように見えるなら、それは重い皮膚病である。祭司はその人を調べて、汚れたものとする」(レビ13・2~3)。また「祭司はそのただれた部分を調べて、その人を汚れた者とする。ただれた肉は汚れたもので、それは重い皮膚病である」(レビ13・15)。他にもレビ13・18~20、24~25など…。「患部のある重い皮膚病患者は衣服を裂き、その髪を乱し、口髭を覆い、『汚れている、汚れている』と叫ばなければならない」(レビ13・45)。「7日目に祭司が調べて、患部がそのままで、皮膚に広がっていないなら、祭司はさらに7日の間留めておく。7日目に再び祭司がその人を調べて、患部が皮膚に広がっていないなら、祭司は彼を清い者とする」(レビ13・5~6)。

このような記述から、重い皮膚病の人はその当時、汚れた者として、身体的にも精神的にもかなりの負担を持ち、差別的な扱いを受けていたことが分かります。

さらに現代のように医学が発達している時代ではなかったので、伝染するかもしれないと、多くの人々は避けていたことでしょう。差別的な対応で、彼らにとってもとても辛い気持ちを持っていたのではないでしょうか。人々から嫌われていたので、彼自身どんなに孤独を感じていたことでしょう。

そんな状況でイエスは憐れに思い、手を差し伸べて、その人に触り、「わたしは望む、清くなれ」(マルコ1・41)と語ります。特に手を差し伸べて、その人に触っていくことは、その人と行動を共にするような気持ちが表れています。イエスは差別の壁を乗り越え、癒していきます。

イエスの行動の中に、心身を癒す行動がよく見えてきます。

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