聖母の被昇天

イタリア絵画の巨匠にカラヴァッジョという画家がいます。彼の絵に「聖母の死」を描いたものがあるのですが、その絵を初めて見た時、どうも引っかかるものを感じました。なぜだろうか、と後で考えてみて、ふと思い当たりました。「あれ、マリアは死んだのだったかな?」と。

8月15日に、私たちは聖母の被昇天をお祝いします。でも、マリアが天に上げられたとは、いったいどういうことなのでしょうか。私は、その時まで、マリアが特別の恵みによって死を免れ、生きたまま天に引き上げられたとばかり思っていました。それで、マリアの死を描いた絵を目にした時、違和感を覚えたのでした。でも、よく考えてみると、エルサレムにも「マリアの眠り(=死)」を記念する教会があります。

どうやら、私の頭の中には、死なずに生きたまま天に上げられることをすばらしいと思う気持ちがあったようです。しかし、私たちの救いは、実は、不老不死のように今の命を永遠に持ち続けるといったものではありません。私たちの救いとは、キリストの「死と復活」にあずかること、今生きている命とは比べものにならないぐらいすばらしい新しい命に生かされること、終わりの日に栄光の姿で復活することなのです(当日の第2朗読=1コリ15・20〜27a参照)。マリアは死ななかったのではなく、死んで復活したのです。私たちが終わりの日に受ける新しい命を、特別な恵みによって、私たちの先駆けとして、すでに受けたのです。これが聖母の被昇天なのです。

さて、当日読まれる福音はルカ1章39〜56節で、神の子を宿したマリアが親戚のエリサベトを訪問する場面です。エリサベトもマリアもともに、マリアが「幸いな者」であると言っています(45節、48節)。マリアがそう述べる理由は、神が「私に偉大なことをなさった」(49節)からです。しかし、神がマリアになさった「偉大なこと」とは何だったのでしょうか。私たちは、当然のごとく、神がマリアを神の子キリストの母としてくださったことだと考えます。ところが、福音を読むと、そのことを言っているのはエリサベトであって(42〜43節)、マリアははっきりとは言っていません。むしろ、マリアの言葉の大半は、神がマリアになさったことでなく、他の人になさったことを述べています。思い上がる者、権力ある者、富む者が低められ、身分の低い者、飢えた人が高められ、その僕が憐れまれ、こうしてイスラエルの民に繰り返し約束されてきた神の救いが実現しているのだということです(50〜55節)。そう、神がマリアになさった「偉大なこと」とは、マリア自身が神の母になったということより、むしろマリアを通して人びとの救いが実現しているということなのです。

一方、エリサベトがマリアを「幸いな者」と呼ぶのは、マリアが「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた」(45節)からです。マリアがエリサベトを訪問したこの時点では、まだ「偉大なこと」は実現していませんでした。確かに、マリアはすでにイエスを宿していましたが、約束された救いの実現のためには、イエスの十字架と復活の神秘を待たなければなりませんでした。それでも、マリアは神の言葉を信じました。しかも、一度「信じます」と言っただけでなく、生涯をかけて信じ続けました。十字架をはじめとする、自分の理解を超えるさまざまな出来事の中で信じ続けました。「心を刺し貫かれる」(ルカ2・35)苦しみの中で信じ続けました。この信仰のゆえに、マリアがその生涯を終えた時、神はマリアをこれ以上ない仕方で「幸いな者」となさいました。終わりの日を待たずに、完全にキリストの復活にあずかり、霊的な身体を受ける恵みを与えられたのです。そうです、マリアは被昇天の栄光を受けたのです。

マリアの被昇天は、私たちが神の言葉を信じて生き続ければ、どれほどすばらしい「幸い」を受けることができるかを示しています。神はマリアを通して偉大な業をなさったように、私たち一人ひとりを通してキリストによる人びとの救いを実現しようとしておられます。もちろん、マリアとは違った方法によってですが、一人の例外もなく、私たちを人びとの救いのために用いておられます。私たちもこの「偉大なこと」に気づくことができるように恵みを願いましょう。そして、それに気づいたならば、たとえ自分の理解を超えていても、たとえそのために苦しまなければならなくても、自分を通して人びとの救いが必ず実現していることを信じて、日々生きるように努めましょう。終わりの日に、マリアのように、キリストの栄光の身体を受けることができるように……。

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