十二使徒の紹介――カトリック教会生活入門

ペトロ
アンデレの兄弟で、使徒たちのリーダーでした。ヨハネ福音書によると洗礼者ヨハネの弟子で、共観福音書とパウロの証言によれば結婚していました。ペトロはイエスに対して信仰を告白し首位権を授けられましたが、十分にイエスを理解していなかったと思われます。その例が三度にわたるイエスの否認に見られます。復活後のイエス顕現を体験した後、エルサレムおよび周辺の初代教会において指導的立場につきました。教皇職在位33年、ローマ皇帝ネロの迫害によって、逆十字架にかけられ殉教しました。

アンデレ
ペトロの兄弟で、ガリラヤ湖畔カファルナウムの漁師でした。ヨハネ福音書によるとアンデレも洗礼者ヨハネの弟子でしたが、後にイエスの弟子となり、イエスと行動を共にしました。また、アンデレは兄弟シモン(ペトロ)をイエスに会わせました。後にアンデレの宣教旅行、奇跡行為を扱った使徒伝説が生まれました。60年頃、ギリシアのパトモス島でX型の十字架にかけられ殉教しました。

ヤコブ
ゼベダイの子ヤコブで、通常大ヤコブと呼ばれています。大ヤコブはヨハネと共にイエスに召され、ペトロ、ヨハネと共に特にイエスの龍愛を受けた弟子となりました。イエスの復活後、宣教に従事し、伝承によると40年頃アグリッパ1世に首をはねられました。

ヨハネ
ゼベダイの子で、大ヤコブの兄弟です。ペトロ、大ヤコブと共に特にイエスの龍愛を受けた3人の弟子のひとりです。イエスが逮捕されたとき、郷里に逃亡しましたが、ガリラヤ湖畔で復活したイエスを目撃し、エルサレムに戻り弟子たちの群れに再び加わりました。ヨハネはペトロと共にエルサレム教会の指導者として活躍しました。100年頃、エフェソで亡くなりました。

フィリポ
フィリポはベトサイダの人で、イエスに弟子として召された後、ナタナエルをイエスに紹介したこと、また数人のギリシア人のイエスへの面会をアンデレと共に取り次いだこと、最後の晩さんの席上では、神に関する問いをイエスにしていることなどがヨハネ福音書に記されています。フィリポの活動については明らかでないことが多いのですが、伝承によるとスキタイとフリギアで宣教し、後に逆十字架の刑と石打ちの刑を受けて殉教しました。

バルトロマイ
ヨハネ福音書のナタナエルと同一人物と考えられていますが、確証はありません。後の伝承によるとバルトロマイはインドとアルメニアに宣教し、アルメニアのアルバノポリスで、生きたまま皮膚をはがされた後、首をはねられ(または十字架にかけられ)殉教したと言われています。

マタイ
マタイ福音書ではマタイは徴税人と呼ばれ、マルコ、ルカ福音書ではレビと呼ばれる徴税人と同一視されていますが、マタイと徴税人レビが同一人物であったという確証はありません。伝承によるとマタイはエチオピアで石打ちにされ、火責めの後、斬首されて殉教したとも言われていますが確証はありません。

トマス
ヨハネ福音書においては「ディデイモ」と呼ばれています。トマスは他の弟子たちによる復活したイエスの目撃証言を疑いましたが、自ら復活したイエスに出会うことによりイエスの復活を信じました。伝承によるとトマスはインドで宣教し、そこで殉教したと言われています。

ヤコブ
アルファイの子ヤコプで、通常小ヤコブと呼ばれています。小ヤコブはイエスの親類でもありました。イエスの昇天後、小ヤコブはエルサレムの教会の頭となって働き、市民たちからも尊敬され、多くの人を信徒にしました。そのためにファリサイ派からの怒りを買い、62年頃エルサレムで石打ちの刑を受けて死的教しました。

タダイ
マタイ福音書とマルコ福音書では「タダイ」、ルカ福音書では「ヤコブの子ユダ」、ヨハネ福音書では「イスカリオテでない方のユダ」と記されています。伝承によるとタダイはペルシアのエデッサで宣教し、アブガル5世の病気をいやした後、70年頃、同地で撲殺、刺殺、斬首のいずれかによって殉教したと言われています。

シモン
マタイ、マルコ福音書によればカナン人と呼ばれ、ルカ福音書ではシモンを熱心党(ゼロテ)と呼んでいます。なぜなら、シモンは使徒たちの中で特にモーセの律法を厳格に守っていたからです。伝承によるとペルシアで殉教したとも、同地のエデッサで亡くなったとも言われていますが、確証はありません。

マティア
イエスの死後、イスカリオテのユダの後を継いで12使徒となりました。おそらく、72人の弟子の一人であったと思われます。使徒言行録1:21-26によれば、彼は使徒に選ばれる際に、バルサバと共にくじを引き、当選したと記されています。

異邦人の使徒パウ口
パウロはトルコのタルソで生まれ、青年時代はユダヤ教最高指導者ガマリエルのもとで律法を学びました。後に教会を迫害するためシリアのダマスコに向かう途中、イエスと出会いキリスト教に回心しました。パウロは特に異邦人への宣教のため、シリアからギリシアに至るまで幅広く活動し、多くの教会を設立しました。さらに各教会宛てに多くの手紙を書いており、その手紙は現在新約聖書の中に見ることができます。67年頃、ローマで斬首されたと言われています。

出典:『イラストで知るカトリック教会生活』(サンパウロ編)

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