教会の生い立ち――カトリック教会生活入門

教会はイエス・キリストによって始められ、ペトロを中心とした弟子たちに引き継がれ発展していきました。
弟子たちは、聖霊の恵みに強められてイエス・キリストの教えを広め、洗礼によって多くの人びとをキリストの仲間に加えました。(使徒242-47)

使徒と初代教会時代

イエス・キリストの死から70年頃までを指します。弟子たちはイエスの死後、ペトロを中心としてエルサレム教会を発足させ、パレスチナのユダヤ人を対象に宣教活動を行いました。しかし、キリストを神の子として宣教したことがヤーウェのみを神とするユダヤ人の反感を呼び、ステファノの殉教に端を発する教会の迫害を呼びました。迫害によってエルサレムのキリスト者は各地に散り、これが宣教のきっかけともなりました。

やがてキリストの教えはユダヤ教以外の異邦人にも広まりました。このなかで中心になって活躍したのがパウロでした。この時期、律法の規定にとらわれることなくキリスト者となった異邦人の存在は、キリストの救いに与るために律法を守ることが必要かどうかという議論を引き起こしましたが、この問題が決着してからキリスト教はますます世界に広まり、各地に多くの教会が成立していきました。

使徒教父時代

1世紀末から2世紀半ばまでの、新約聖書の書かれた時代、またその直後に活動した教父たちのことを指します。使徒教父とは使徒やその弟子から教えを受けた後継者です。

この時期に司教、司祭、助祭など種々の奉仕職が明確化され、キリスト教固有の信仰形態が整えられました。第一に、キリストの復活した日曜日を主日として祝うようになったこと、第二に、洗礼を受けるまでの規定や洗礼式の方法が定められたこと、第三に、キリスト者は物心両面で互いに助け合い、兄弟的な交わりを深めたことなどがあげられます。

迫害時代

ローマ帝国による本格的なキリスト教迫害は3世紀中頃からデキウス帝によって始まりました。これ以前にも迫害はありました(例えば64年頃のネロ皇帝による迫害など)。その後デイオクレチアヌス帝は、各地の教会の破壊を命じ、キリスト者に棄教を迫りました。

4世紀初頭、コンスタンチヌス帝が発布した「ミラノ勅令」で、キリスト教が認められ、ラテラノの聖ヨハネ大聖堂(ローマの司教座聖堂)やヴァチカンの聖ペトロ大聖堂が建てられました。4世紀末には、テオドシウス帝がキリスト教を国教と定め、迫害時代に終わりを告げました。しかし、迫害に代わって国家の手厚い保護を受けることは、教えの変質と信仰生活の低下という新たな危険を抱え込むことにもなりました。


弟子たちイエスの教えを広める
聖霊によって強められた弟子たちは、パレスチナをはじめ、各地でイエスの福音を宣べ伝えました。


弟子たち洗礼を授ける
弟子たちは、イエスの福音を宣べ伝え、人びとにキリスト者としての洗礼を授けました。

教会初期の年表(紀元後30年~70年)
30年頃 イエス・キリストの死後、弟子たちが宣教活動を開始。34年頃。ステファノの殉教。
35年頃 パウロの回心。
45~60年頃 パウロの世界宣教(下図参照)。
49年頃 エルサレム教会会議。
64年頃 ネロ皇帝によるキリスト教徒の迫害(ローマの大火)。
67年頃 ペトロ、パウロの殉教。
70年頃 ローマ帝国軍によりエルサレム陥落。

出典:『イラストで知るカトリック教会生活』(サンパウロ編)

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