遣わされた者という種 待降節第2主日(マルコ1・1〜8)

この時期、町にはクリスマス・イルミネーションが飾られ、百貨店ではクリスマス商戦が始まり、テレビやラジオからは、クリスマスソングが流れてきます。私たちより、一般の人の方がクリスマスには、敏感なようです。もちろん、教会の中でもクリスマスの馬小屋が準備され、クリスマス・リースが出されます。これらは、私たちが「主のご誕生」を待つための大切な準備に必要な道具となるものです。

きょうのみことばは、マルコ福音書の始まりの部分で「神の子イエス・キリストの福音の始まり。」という一節から始まっています。四福音書の書き出しは、それぞれ違いがあります。マタイ福音書は、「アブラハムの子〜」というようにイエスが生まれるまでの長い系図から始まり、ルカ福音書は、ルカがなぜ福音書を書いたのかという説明から入り、ヨハネはいきなり「初めにみ言葉があった。」とみ言葉としてこの世に来られたイエス様のことが書かれています。共通することは、これから私たちのためにこの世に来られたらイエス様がどのようなお方なのか、ということを伝えるような始まりとなっているようです。マルコ福音書は、イエス様が神の子としてまたメシアとしてこの世に来られた方で、「福音=【善い知らせ】」を伝えてくださったことを記しますよ、と伝えているようです。

マルコ福音書の最初の登場人物として洗礼者ヨハネが出てきます。みことばは、洗礼者ヨハネが、どのようは人なのか、どのような役割を頂いているのかということをマラキ書とイザヤ書を通して記します。まず、ヨハネはおん父がイエス様をこの世に使わす前に、道を整えさせる使いとして遣わされた者と説明します。マラキ書は「見よ、わたしの前に道を整える、わたしの使者を遣わす。お前たちの求めている主は、突然、その神殿に来られる。お前たちが望んでいる契約の使者が来ようとしている」(マラキ3・1)とあります。洗礼者ヨハネは、メシアであるイエス様が【突然】(思いがけないとき)に来られ、私たちを導いてくださいますから「道を整える者」として、人々の「心を整える者」として遣わされたのです。

ペトロの手紙には「主の前では、一日は、千年のようであり、千年は一日のようです。……しかし、主の日は盗人のようにやってきます。……これらを待ち望みながら、神の前にしみもなく、傷もなく、平和のうちにあるように努力しなさい。」(2ペトロ3・8〜14)とあります。ここでも、「盗人が来る」という救い主が「いつ来るのかわからない」という意味が伝えられ、さらに「神の前にしみもなく……」のように「道を整えていなさい」というような意味を伝えています。マラキ書もペトロも「イエス様がいつ来られてもいいように、私たちの心を整えて待っていなさい」と伝えているようです。

洗礼者ヨハネは、「荒れ野」で人々に「罪の赦しへと導くための洗礼」を宣べ伝えます。「荒れ野」は、人が神様の恵みなしには過ごすことができない場所ですし、イスラエルの民がエジプトを脱出の時に40年間さまよい約束の地に入ることができた場所、神様と向き合い、神様のいつくしみと愛に触れることができる場所としてイスラエルの人々に意識されていたようです。ヨハネは、人々が住んでいる町の中ではなく、あえて、もう一度人々が神様に出会い、立ち返ることを思い起こすことができるようにあえて【荒れ野】で宣教をしたのでしょう。また「罪の赦しへと導くための洗礼」を受けるように導きます。このことは、ペトロの手紙にある「神の前にしみもなく、傷もなく……」のように、心を清めてメシアであるイエス様が来られるのを待つ準備を促しているようです。

ヨハネの姿は、救い主が来られ前に現れると言われている「エリヤ」を思わせるものでした。彼が食した「蝗(イナゴ)と野蜜」はおん父がイスラエルの民をエジブトから脱出させたことを思い起こさせるものでしたし、ヨハネ自身のメシアを迎えようとする者としての姿の表れのようです。さらに、彼は、人々に「わたしよりも力ある方が、後からおいでになる。わたしは身をかがめて、その方の履き物の紐を解く値打ちもない。」と伝えます。ヨハネは、自分のところに「ユダヤの全地方、エルサレムに住むすべての人」が悔い改めの「洗礼」を受けに来ているのに傲慢にならず、謙遜に自分のことを、当時の奴隷さえ免除されていた「履き物の紐を解く者」というように「自分は奴隷よりも下の者」と伝えています。ヨハネは、「場所」「服装」「食事」そして、「全身全霊」に至るまで徹底して【道を整える者】としての使命を全うしています。

彼は、自分がおん父から与えられた「使命(召命)」を忠実に生きていました。私たちもイエス様が来られることを周りの人に伝える、遣わされた者【使者】としての役割を、謙遜さを忘れず忠実に生きることができたらいいですね。

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