師イエス・キリストのノベナ(2017年10月20日~28日)

今年のノベナは、創立者の精神にスポットを当てて作成しています。そのため、第二朗読は、創立者の著書から引用しています。
※ノベナという言葉は、ラテン語の「9つの」という形容詞に由来する言葉です。日本語の訳として、「9日間の祈り」とか、「9日祈祷」「9日特祷」などといわれています。つまり、連続して9日間祈ることを意味しています。9という数字そのものには、特別な意味はありませんが、ノベナは忍耐強く祈り求める具体的な一つの実践方法です。

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第一日(10月20日・金)

テーマ:天の御父へ
第一朗読:ロマ1・8~15
第二朗読:「霊的刷新」(1952年2月17日)

今日はイエスと一致して、かれの礼拝と愛の感動を自分のものとし、天にまします御父に一時間の礼拝をささげよう。イエスはご自分がお生まれになった馬小屋の空で「グロリア・インエクチェルシス・デオ」、すなわち、「父の栄光」という歌が歌われることを望まれた。

わたしたちの心を天に、三位一体のみもとにまで上げよう。永遠の御父は御子を生み、御子は御父から生まれ、聖霊は御父と御子から発出する。見えるものと見えないものとの創造主にまします神を礼拝しよう。イエスは、人々が神を恐れるだけでなく、子としてかれをお愛しするようにと、わたしたちに神を父として知らせてくださった。わたしたちの父としてまた、かれの父として知らせてくださる。
イエスのみ心は御父に対する愛に満たされ、その最後の祈りにおいては17回までも御父のみ名を呼ばれる。ゲッセマネの園において御父に祈り、十字架上ではその霊魂を御父にお任せになる。御子イエス・キリストとともにすべてのものの始めである御父を礼拝しよう。
神の摂理を礼拝しよう。神がその無限な知恵をもって、お定めになったことを、わたしたち哀れな人間は理解しないために、たびたびみ摂理について文句を言う者が多い。

原罪によって人は深いふちに落ちこんだ。神なる父は人間を再び引き上げるすべを定め、御子の犠牲によって、人間があがなわれるべきことを告げられた。この御子にこそ、前の世紀をも後の世紀をも向けさせ、最後の日、すなわち善良なものに「わたしの父に祝福された者よ。世界創造の始めからあなたがたのために備えられた国を受けつぎに来なさい」と言われ、審判の日まで、御子を万物の中心となさった。

わたしたちに対するみ摂理を理解しようと望むならば、次のことを考えよう。神はわたしたちをつくり、その御子を地上におつかわしになることによって、わたしたちを救い、わたしたちに特別の召し出しを与え、生命を保たせ、そしてもし、忠実であるならば、「よい、そして忠実なしもべよ、来なさい」と言ってくださる時まで、毎日その聖霊を与えてくださる。その時にあたってわたしたちの心を満たす喜びをだれが図りうるだろうか。

天の父に倣う。これはイエスのお勧めである。「あなたがたの天の父が完全にてましますように、完全になりなさい。」(マタ5・48 )御父にみ姿に自己の姿を形づけること。イエスはその方法を教えてくださった。「わたしを見る人は父をも見る」イエスの御徳に倣うことによってわたしたちは御父に倣う。

祈ること。わたしたちのすべての祈りは、ある意味で御父に向かう祈りである。イエスが御父にささげられたあの特別の祈りにおいて、ご自分の上に御父のご加護を求めたように、わたしたちも御父に、自分の加護を求めよう。イエスが使徒たちの上に御父の加護を求められたように、わたしたちは映画・出版・放送の使徒職に働く人々のためにご加護を求めよう。

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