司祭職の誕生について――キリスト教知恵袋

キリスト教の司祭職がどのように生まれたのか教えてください。

現在の司祭職が確立するまでに、およそ千年の時を必要としました。

初代教会において、イエスを含めて、その弟子たちの誰ひとりとして司祭ではありませんでした。イエスは弟子の誰かを司祭に任命することもありませんでした。福音宣教を行うにあたって、司祭である必要がなかったのです。

当時のユダヤ社会にもヘレニズム社会にも祭司はいましたが、当時のキリスト者たちは、自分たちに祭司が必要だとは思いませんでしたし、自分たちの指導者を祭司と呼ぶこともしませんでした。あえて言うなら、当時のキリスト者たちは全員が祭司だと考えていました。

初代教会における教会のまとめ役は、使徒、預言者、教師、監督、長老などと、さまざまに呼ばれていました。これらの呼称のあるものはユダヤ社会から、あるものはヘレニズム社会から借用されたものです。

教会の指導者が祭司と呼ばれるようになるのは、二世紀末ごろのことです。このころまでに、教会の典礼が充実し、その祭儀化が進みました。当時、祭儀を執行するのは、教会の指導者であった司教でした。その結果、まず最初に司教が祭司と呼ばれました。

当時の教会の組織によると、司教が組織の責任者であり、その下に「長老」、さらに「奉仕者」と呼ばれる人たちがいましたが、祭儀を執行するのは司教だけでした。

しかし、教会が大きくなると、司教が司式するだけでは間に合わなくなり、必要に応じて長老たちが司教に代わって祭儀を執行するようになり、やがて彼らも祭司と呼ばれるようになりました。ただ長老はあくまでも司教を補佐する者でした。この長老が現在の司祭の原点です。

「長老」と「司祭」は、ギリシア語ではどちらも「プレスビュテロス」です。この語は初代教会では「長老」と訳され、それ以後の時代では「司祭」あるいは「祭司」と訳されます。これは時代が下るにしたがって、「長老」の役割が祭儀化したことを反映しています。

西暦四一六年の教皇書簡には、感謝の祭儀を執行するのは司教であって、司教がいない田舎においてのみ、必要に応じて司祭がそれを代行すること、司教こそが本来の祭司であり、司祭は二流の祭司であることが明記されています。

西暦一二一二年の第四ラテラノ公会議において、年に一度の聖体拝領やゆるしの秘跡が義務とされ、同時に聖体の神学が深まった結果、これに関わる司祭職がますます重要視され、十三世紀のトマス神学に代表される「司祭はキリストの代理者である」とまで言われるようになりました。現代における司祭職は、こうした歴史を経て成立しています。

・回答者=鈴木信一神父

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