いつも、ともにおられるという種 主の昇天(マタイ28・16〜20)

私たちにとって身近な人の死は、とても悲しく辛いものです。しかし、たとえ肉体的には、見ることも、肌に触れることも、そして声を聞くこともできませんが、霊的には、いつも側にいてくれる、というように感じることもあるのではないでしょうか。特に、その人との思い出、信頼関係、愛情が深ければ深いほどそのような感覚が強くなるのではないかと思うのです。

きょうの典礼で私たちは、「主の昇天」を祝い黙想いたします。イエス様は、墓に来たマグダラのマリアともう一人のマリアに会われ、「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちに、ガリラヤに行くように告げ知らせなさい。そこでわたしに会える。」(マタイ28・10)と伝えます。彼女たちは、イエス様からの言葉を弟子たちに伝えたのでしょう。

弟子たちにとってガリラヤは、イエス様と一緒に病人を治し、おん父の教えを人々に伝え、ファリサイ派や律法学者たちと議論をし、様々な奇跡を行った場所でした。弟子たちは、イエス様がお示しになった山に集まりました。この山は、かつて彼らがイエス様から山上の説教を人々と共に聞いた場所とも言われる場所であり、2匹の魚と5つのパンを人々に分け与えられた場所でもありました。

弟子たちは、山でイエス様と出会い伏し拝みます。弟子たちは、「主を見て喜んだ」(ヨハネ20・20)とヨハネ福音書に書かれているように、きっとここでも喜んだことでしょう。ただみことばには、「しかし、疑う者もいた」ともあります。イエス様の復活は、弟子さえも信じられなくなるほど神秘的なものだったのではないでしょうか。または、イエス様の復活を受け入れる準備ができていない弟子もいたのかもしれません。この箇所は、私たちにとってもイエス様の復活をもう一度振り返る機会を与えてくださるのではないでしょうか。

イエス様は、ご自身から弟子たちの方に近づかれ「わたしには天においても地においても、すべての権能が与えられている。」と彼らを福音宣教に「派遣」する前に伝えます。弟子たちは、このイエス様の言葉を聞いてどのように思ったのでしょう。彼らは、復活されたイエス様に会い、権威を持った言葉で聞き、改めてイエス様の素晴らしさを感じたのかもしれません。イエス様こそが本当の意味で「メシア」と言うことを改めて気がつき、あらゆる場所での権能を与えられているイエス様に信頼と希望を持ったのではないでしょうか。

イエス様は、「あなた方は、行って、すべての国の人々を弟子にしなさい。」と言われます。使徒言行録でもイエス様は、「聖霊があなた方の上に降るときあなた方は力を受けて、エルサレムと全ユダヤとサマリア、また地の果てに至まで、わたしの証人となるであろう」(使徒言行録1・8)と言われます。弟子たちは、すべての権能を与えられているイエス様に従って宣教に行くことになります。また、聖霊の力を頂き、自分たちの力、業、言葉ではなく、すべて聖霊の力、業、恵みに助けられてすべての国の人に、「父と子と聖霊の名によって洗礼を授ける」ことができるのです。このことは、私たち一人ひとりへのイエス様からのメッセージと言ってもいいでしょう。私たちは、日常の生活の中で自分たちの信仰生活を行いながら、学校や職場や地域の人たちへの「何らかの」影響を与えているのではないでしょうか。そこには、自分だけの力ではなく聖霊の働きを感じることもあるかもしれません。

イエス様は、洗礼を授けた人々に、ご自分が命じた教えを、すべて守るように教えなさい。この教えは、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」……「隣人をあなた自身のように愛しなさい」(マタイ25・37〜38)ではないでしょうか。ユダヤ人たちは、律法というたくさんある教えに縛られていました。イエス様は、それらの律法から人々を解放され、「愛しなさい」という教えを、弟子たちを通して人々に伝えらようとされたと言ってもいいでしょう。

イエス様は、最後に「わたしは代の終わりまで、いつもあなた方とともにいる」と約束されます。この言葉は、弟子たちだけではなく、私たちにとっても「安心感」「心強さ」「一人でない」「私だけで行うのでなくイエス様と共に」というようなイエス様への【お委ね】の心を頂くことができるのではないでしょうか。私たちは、いつまでもどのような場面でも【ともにおられるイエス様】と一緒に、イエス様の【教えを】伝え、人々を愛し、すべての権能を頂いているイエス様に信頼し【洗礼】授けることができるのではないでしょうか。イエス様は、私たちの中で、私たちを通して人々の中に働かれます。私たちは、ただ、【ともにおられるイエス様】にこの体を使って頂き、みことばを伝えるだけでいいのです。私たちは、イエス様をいつまでも身近に感じ一緒に歩いて行くことができたらいいですね。

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