パウロ会士として生きる意味 阿部真理修道士

私とパウロ会との出会い、それは、私の兄、姉が聖パウロ会、女子パウロ会に入っていたこともあり、その関わりから、今は亡くなられた私の尊敬する前田神父様が私の家を訪問してからのことです。

1971年、3月30日、福岡の小笹のパウロ会に入会しました。くしくもその年の11月は、私たちの創立者アルベリオーネ神父様が天国の仲間の集いに加えられた年です。ですから、私のパウロ会の生活と、創立者の天国での年数と同じわけで、創立者が亡くなられて今年で38年になります。ということは、私の入会も38年です。13歳で入会して38年も経つのかと思うと感慨深いものがあります。誓願を立てて30年。ただ残念なことは、私の後に続く会員が年数の割には増えていないことです。パウロ会の将来を考えると召命の問題がいかに大事かが分かります。使徒職のためにはまだまだ会員、働き手が必要です。使徒職を盛り上げ、召命のために祈る。どうしてもこれからのパウロ会に不可欠な条件です。

写真左(1979年)

もっと明るい話題をと思いましたが、これは避けては通れない問題です。ただ、この問題は決してマイナスに考えてはいけないと思います。会員一人ひとりが自分とパウロ会をもう一度見つめなおし、パウロ会士として『生きなおす』こと。神様は必要なところに必ず召命を与えてくださいます。その神様に信頼してパウロの思いそのものを生きること。確かにたやすいことではありませんが、一人ひとりがパウロの思い、創立者の思いを生きる、このことが私を含めてパウロ会士にとって不可欠なことと思います。

ここで、私のパウロ会での生き方、思いを書いてみたいと思います。

私の使徒職は、養成期間を終え、終生誓願を立てたあと、大阪での普及を13年間。その後8年間の四谷のサンパウロ書店での仕事。その後、再び大阪での普及の仕事。考えてみると、終生誓願後のほとんどすべてが販売、普及の仕事でした。人とのかかわりの中で、自分の足りなさを感じ、また鍛えられること。すべて神様のお恵み、神様とパウロ会に感謝です。私がパウロ会を知らなかったら、こんな貴重な体験をすることはなかったでしょう。これまでの歩みの中で、私の言葉と行いによってつまずいた人には私の心からの償いを、私を強め、導いてくれた人々には感謝の気持ちを述べたいと思います。

これまでのすべてに感謝。また、これからの出会いが私と、関わるすべての人に神様の恵みとなりますように。また、私の生き方のモットーである「笑顔」の宣教を、心から行っていくことができますように。

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