灰の水曜日の奇跡?――おでかけTomaP

とまにちわ!

毎年やっているからなのか、年に一回しかやらないからなのか、なぜか慌ててしまう、灰の水曜日のミサ。
この日は、前年の受難の主日(枝の主日)に祝福された枝を燃やしてできた灰を、額や頭に受けて回心のしるしとする「灰の式」が行われるんです。

灰は、先輩ブラザーがすでにやってくれていて、ここ数年は、ぬかりなし!
一緒に使う聖水、手を洗う器と手ふきも準備してたので、用意するものも、ほぼ間違いなし!?

そんな準備万端で迎えたはずの、灰の水曜日のミサ。
始まりは、当日、司式するはずだった司祭が急きょできなくなったことでした。
そこで、ピンチヒッターとして、別の司祭が司式することになりました。

そんなバタバタした状況で、なんとかミサが始まり、集会祈願まで進み、次は、聖書朗読に入るハズが…。
なぜか、灰の祝福を始めだしてしまったのです!

本当は、第一の聖書朗読と第二の聖書朗読、そして福音書の朗読、説教の後に、灰の祝福。
…という流れなのです。
なので、みんなちょっとポカ〜ンとしてるし!

さすがに、灰の祝福は、ちょっと、ワープし過ぎではー!?
あわてて、司祭に駆け寄り、順番を説明して、軌道修正してもらうことができました。
よ、よかった…。

そして、聖書朗読も無事に終わり、灰の祝福もすませ、いよいよ、灰の塗布式が始まりました。
司祭は祭壇上で、おもむろに手に灰をつかみ、「回心して福音を信じなさい」という言葉を唱えながら、自分の手で自身の額に灰を付けています…!?

単なる違和感だったんですが、例年、共同司式で司祭が複数いたので、なんだか不思議な光景を見た気がしたのでした(苦笑)。

本記事について

最後までお読みいただきありがとうございます。本記事は「家庭の友」誌の過去記事を再掲載したものです。昔のことを懐かしみたいときにぜひ読んでいただきたい! そして、はじめて来た人には、まずこれを読んでほしい、というご挨拶代わりでもあります。楽しい気分になりたいとき、そうでない気分のときも、いつでもまた来てくださいね。
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