宣教の心得 待降節第2主日(マタイ3・1~12)

私たちは宣教活動をどのように考えるでしょうか。例えば、宣教活動をするのに最も効果的な場所はどこだろうか、宣教地にはどんな人たちがどれくらい住んでいるのだろうか、宣教する町にはどんな歴史があるのだろうか、宣教地の人々は私たちをほんとうに受け入れてくれる気持ちがあるのだろうか、など。私たちは宣教活動のために、具体的で実践的なことを先に考えがちですが、洗礼者ヨハネやイエスの場合はちょっと違います。

洗礼者ヨハネが宣教活動を開始するのはユダヤの荒れ野、イエスが宣教活動を開始するのはガリラヤです。エルサレムのような人が多い場所や効果的な場所、また歴史が古い場所ではありません。また洗礼者ヨハネも「悔い改めよ」という言葉から始めています。最初から神の言葉を語り伝えるのではなく、私たち自身の回心を促し、その後で宣教活動へと移っていきます。

洗礼者ヨハネに限らず、イエスもガリラヤで宣教活動を始めるにあたって、「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタ4・17)と語っていきます。その後、4人の漁師たちが弟子に選ばれ、ガリラヤを回り、諸会堂で教え、福音を宣べ伝えています。こうした順序を考えてみると、イエスは最初から福音宣教というよりも、私たち自身の回心を求めることから始めているのではないでしょうか。

私たちの宣教活動も、最初から具体的な宣教地に目を向けるのではなく、まず自分自身の心を振り返り、自分を深く見つめ、回心することから始まるのでしょう。その後に宣教活動のため自分にどんなことができるか、どういう方法が一番よいか、具体的な活動は何か…。私たち自身の回心をベースにして、私たちの宣教活動を考えてみたいものです。

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