聖シルベストロ1世教皇

聖シルベストロ1世教皇の記念日は12月31日です。この聖人の生涯や思想について、詳しいことは知られていません。明らかなことだけを記すと、彼は314年1月31日にローマ司教(教皇)に選ばれ、20年以上にわたって教会の牧者としての務めを果たした後、334年12月31日に亡くなり、サラリア街道沿いにあるプリスキラの墓地に埋葬されました。

聖シルベストロ1世教皇の活動や思想がはっきりと伝わっていないとはいえ、ローマ司教としての彼の務めが非常に困難なものであったことは容易に想像することができます。聖シルベストロが教皇位にあったときに、ローマ皇帝コンスタンティヌスがキリスト教を公に認めたからです。帝国中に広まっていたとはいえ、非公式の宗教であり、しばしば国家的な弾圧を受けていたキリスト教が、今や公式に認められ、むしろ推奨されるようになったのです。信者の家や殉教者の墓地でひそかに主の晩さんの記念がおこなわれていたのが、今や大きな教会堂が建てられ、その中で典礼がおこなわれるようになったのです。ローマの町は、またローマ帝国全体は、次第にキリスト教化されていきました。それは、たしかに喜ばしいことでしたが、同時に大きな変化とそれにともなう種々の影響をもたらしました。これ以後、教会は政治、経済、社会状況とより直接的に結びついていきます。これまでは存在しなかったさまざまな問題に教会は向き合わなければならなくなりました。シルベストロ1世教皇は、この新しい状況の中にあって、教会を導いたのです。

この時代はまた、東方からゲルマン民族が帝国各地に流入した時代でもありました。帝国は崩壊の一途をたどり、国土は荒廃していきました。

さらにこの時代は、正統信仰をいかに守るかという点でも、危機にさらされていました。特に、アリウス派の主張が大きな勢力となって、教会を二分していました。アリウス派は、イエス・キリストを神と人間との中間的存在と考えます。彼らの主張によれば、キリストは人間を超えた存在ですが、神ではなく、被造物の中で突出した存在であり、その意味で救い主でした。彼らは、このようなかたちで、神の唯一性とキリストの重要性を両立させようとしたのです。それは、神が唯一でありながら、三位であるという、理解しにくい説明に比べて、庶民にとっては理解しやすいものでした。しかし、アリウス派の説明がどれほど理解しやすいものであっても、それはキリストの神性を否定するものであり、結局のところ、このキリストによるわたしたちの救いをも否定してしまうものでした。そこで教会は、この問題に決着をつけるため、325年にニケアで公会議を開き、キリストが神と同一の本性を備えていることを宣言し(日本語のニケア・コンスタンチノープル信条では「父と一体」と訳出されています)、アリウス派を異端として斥けました。

聖シルベストロ1世教皇は、ある意味で、打ち続く予想外、想定外の状況に直面しつつ、そこから逃げることなく、それを神のはからいと信じ、教会を導いていきました。教会は、生きた現実の中を歩んでいるかぎり、その状況の中に「受肉」し、適応していくよう招かれているからです。

さて、聖シルベストロ1世教皇の記念日は、主の降誕後の8日間中にあたる12月31日に祝われます。このため、ミサの朗読には聖人固有のものを用いず、降誕後8日間の典礼に従います。そこで今回は、典礼の定める福音の個所ではなく、ルカ福音書の「種を蒔く人のたとえ」とイエスによるその解説の部分(ルカ8・4-8、11-15)を取り上げることにしましょう。

たとえ自体(8・4-8)は、4つのケースに分けて、種の成長状況を述べています。まず、「道端に落ちた」(8・5)種、次に「岩の上に落ちた」(8・6)種、そして「茨の中に落ちた」(8・7)種、最後に「善い地に落ちた」(8・8)種です。最初の3つのケースは、実を結ぶに至りません。少しずつ、成長の度合いが大きくはなってきますが、否定的な結果に終わってしまいます。読者は、おそらくこの時点で、「もうどの種も実を結ばずに終わってしまうのではないか」と考えるように仕向けられているのです。しかし、最後に予想外のことが起こります。善い地に落ちた種は、実を結ぶどころか、「百倍の身を結んだ」(8・8)と言われるのです。おそらく、現実のさまざまな問題に妨げられ、押しつぶされ、もう神の国は実現しないと思われる中にあって、最後には必ず、しかもわたしたちの予想をはるかに超えて神の国が完成することを、このたとえは告げているのでしょう。

一方で、イエスはこのたとえを寓ゆ的に説明しています(8・11-15)。寓ゆ的解釈とは、たとえに出てくる人物や要素を一つ一つ現実の要素に当てはめていく方法です。この場合、「種は神の言葉」(8・11)、「道端のものとは……」(8・12)、「岩の上のものとは……」(8・13)、「茨の中に落ちたものとは……」(8・14)、「善い地のものとは……」(8・15)と、それぞれの人、あるいは道徳的生き方に当てはめられています。たとえ自体は、神の国が現実の困難さにもかかわらず必ず実現するという神秘を強調し、希望を失わないように招くものであったのに比べて、イエスの説明は、神の国の実現には神の言葉を聞く人々の姿勢・生き方が重要な役割を果たすのであり、だから「正しく善い心をもってみ言葉を聞き、これを固く保って、忍耐のうちに実を結ぶ」(8・15)よう求める教えとなっています。

たとえは、さまざまな解釈、説明に開かれています。たとえ自体を読み込んだうえで、それを自分の生きる状況に当てはめていく必要があるからです。イエスの説明も、異なる現実にたとえを当てはめていく一つの方法です。ところで、ルカ福音書に見られるイエスの説明には、一つの特徴が見られます。それは、「固く保つ」、「忍耐のうちに」(8・15)といった表現に隠されています。このような表現は、さまざまな困難が継続的に続く状況を前提としています。状況に身を任せていては、揺るぎなく踏みとどまること、しかも絶えず踏みとどまることはできません。わたしたちは、さまざまな困難に遭遇します。一過性のものではなく、継続する困難もしばしばあります。わたしたちの想像や理解を超えるものもあります。最初は喜ばしいことと思えても、そうとばかりは言えないようなこともあります。その中にあって、わたしたちはどれだけ神の言葉に希望を置きながら、固く踏みとどまって忍耐し続けることができるかが問われている、ルカ福音書はたとえをこのように理解していったのでしょう。

「想定外」の出来事に直面しながらも、神の言葉に向き合い、教皇としての務めを果たし続けた聖シルベストロ1世教皇の忍耐強い固い信仰が、今を生きるわたしたちにも与えられるよう、この聖人の取り次ぎを願いたいと思います。

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