聖トマ使徒

7月3日は、12使徒の一人、聖トマの祝日です。聖トマ使徒というと、私には忘れられない思い出があります。それは私がローマに留学していたころのことです。イタリアの教会には、かなりの数の聖遺物(聖人の遺骨の一部や、衣服・愛用物の一部など)が保管されているのですが、そのときに行った教会の地下聖堂にもいくつかの聖遺物が納められていました。その中に「キリストの手の釘跡に入れた使徒聖トマの指の骨」と名付けられたものがありました。それを見つめているうちに、ある疑問がわいてきたのです。はたして、トマはキリストの手の釘跡に指を入れたのだろうか?

ヨハネによる福音書20章によれば、復活の日、イエスが弟子たちに現れたとき、トマはいませんでした。弟子たちは主を見たことをトマに告げますが、トマは「あの方の手に釘跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と言って、他の弟子たちの言葉を受け入れようとしませんでした。ところが、今度はトマがいるときにイエスが現れます。そして、トマの心を見透かすように「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい」と言われるのです。

さて、次にどうなったのでしょうか。トマは実際にイエスの手とわき腹の傷跡に指を入れてみたのでしょうか。残念ながら福音書には、入れたとも入れなかったとも記されていないのです。とすると、私の疑問は解決されないまま残るということになります。

しかし、よく考えてみると、福音書がこの点について記していないということこそが重要なのです。24節から27節までは大部分がトマの言葉とイエスの言葉で占められていますが、その内容はイエスの傷跡に指を入れることについてです。少なくとも、トマにとっての最大の関心事は、イエスの傷跡に指を入れることでした。傷跡に指を入れなければ決して信じないとまで言ってこだわっていたことであるにもかかわらず、それが実際に行われたのかどうか福音書は語らないのです。つまり、復活のイエスと出会ったトマにとって、それまでこだわっていた、傷跡に指を入れるということは、もうどうでもよいことになってしまった、福音書は私たちにそう言いたいのです。

トマは、イエスの傷跡を見、それに触れなければ決して信じない、と言っていました。しかし、結局トマを信仰に導いたのは目で見、指で触れて確認するということではありませんでした。いや、信仰の前では、それは必要なことではなかったのです。

イエスは「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」とトマを招きますが、それは、傷跡を見、そこに実際に触れて信じるようになりなさいとの招きではないのです。この目で見たかどうかによって信じるかどうかを決めるというトマの態度こそが不信仰の態度であることをイエスは指摘し、目に見えるものに頼るその態度から抜け出して、ほんとうに信じる者になりなさいと招いておられるのです。そう考えていくと、トマが傷跡に実際に指を入れたかどうかに思い悩んでいた私に対しても、そんなことにこだわるのではなく、あなたも信じる者となりなさい、とイエスは言っておられるように思えてきました。

さて、なかなか信じなかったトマですが、最後にはすばらしい信仰宣言をすることになります。「わたしの主、わたしの神よ」。これは、ヨハネによる福音書の中でもおそらく最高の信仰宣言です。それをトマはみごとに言い表したのです。
私たちも、ついつい目に見えるものに頼ってしまいます。なかなか信じる者になることができないでいます。しかし、トマの模範は、このようになかなか信じる者となれない私たちでも最後にはすばらしい信仰告白を行うことができるようになる、ということを示してくれているのです。

「見ないのに信じる人は、幸いである」。

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