愛の掟という種 年間第30主日(マタイ22・34〜40)

私が高校に入った時『自由と規律』(岩波新書 池田潔著)の感想を原稿用紙10枚分で書きなさい、という課題が出ました。もう、何を書いたのか覚えていませんが、ただ「自由は規律があって初めて安全を守られていること」「私たちは自由と聞いた時、何をしていいと思ってしまいますが、『自由』と『自由奔放』は全く別のもの」というようなことを書いた記憶があります。例えば、池に魚がいるとしますが、その魚が自由だからと言って池の外に飛び出すと死んでしまいます。それと同じように、池という規律で魚は守られているということです。私たちは、「規律」という聞いた時、「自由がない」とか「束縛される」とか思いがちですが、本当は「規律」によって守られているのではないでしょうか。

きょうのみことばは、ファリサイ派の人たちがイエス様に「律法の中でどの掟がいちばん重要ですか」と質問する場面です。エルサレムの神殿でファリサイ派やサドカイ派、ヘロデ党の人たちは、イエス様を試みようとしていろいろな質問をします。それは、「納税の問題」「復活したときの問題」そして「最も重要な問題」でした。ユダヤ人たちが守っている律法の数は、613の掟があり、そのうち「しなければならない掟」は248あるようです。ユダヤ人たちは、これだけ多くの律法を守らなければならなかったのですし、逆に守らなければ「罪人」と言われて罰せられていたようです。ファリサイ派の人々はそれらの律法の中でどの律法が最も重要なのかという議論を自分たちの中でも問題にしていたのです。

ファリサイ派の中でも特に律法の専門家がイエス様の所に来て「先生、律法の中でどの掟がいちばん重要ですか」という質問をして試みます。彼は、律法の専門ですから知っていて当然なのでしょうが、それでもあえてイエス様に質問したのです。イエス様は、「心を尽くし、精神をつくし、思いを尽くしてあなたの神である主を愛しなさい」と答えられます。この掟は、申命記の中にある箇所で「イスラエルよ、聞け。わたしたちの神、主こそ、唯一の主である。心を尽くし、……」(申命記6・5)と書かれてあります。その後には、「今日わたしがあなたに命じるこれらの言葉を心に留め、子供たちにそれらを繰り返し教え、あなたが家に座っている時も道を歩く時も、寝ている時も起きている時も、この言葉を聞かせない。これを徴として手に結び、記念として額につけなさい。それをあなたの家の戸口の柱と門に書き記しなさい」(申命記6・6〜9)と書かれてあります。ですから、イエス様が律法の専門家に答えた掟は、ユダヤ人にとって子どもの頃から聞かされていたものでした。

この答えを聞いたファリサイ派の律法の専門家は、どのように思ったことでしょう。内心「そんなことなら言われなくても知っている。」と思ったのかもしれません。イエス様は、あえて誰でも知っている掟がいちばん重要であることを再認識させられたのではないでしょうか。彼らにとって誰でも知っている掟ほど、軽く見ていたのかもしれませんし、他の掟の中で「どの律法がいちばん重要なのか」と議論していたのかもしれません。イエス様は、彼らが見落としている掟を答えられたのですが、残念ながら「【心】を尽くし、【精神】を尽くし、【思い】を尽くし」というのは、目に見えるものではありません。ですからその人がこの律法を守っているのかどうかは、その人とおん父との個人的な関係で成り立つものです。ファリサイ派の人たちは、これらの律法を「私たちはこの掟を行なっている」と人々に見せていたようです。それは偽善であっていちばん大切な「おん父を愛する」ことにはなっていなかったのです。また、彼らにとっては、律法を「〜しなければならない」「〜をしてはいけない」と義務として考えていたので全く【愛】ということはありませんでした。

イエス様は、さらに「隣人をあなた自身のように愛しなさい」と言われます。私たちにとっていちばん身近な【隣人】は、イエス様ではないでしょうか。そのイエス様が「隣人をあなた自身のように愛しなさい」と言われているのです。イエス様は、私たちを愛されておられたので、十字架にかけられ、復活してくださいました。教皇フランシスコは「『神はあなたを愛しておられる』ということです。……神はあなたが大好きなのです。人生に何があろうとも、決してこれを忘れてはいけません。いかなる状況にあっても、あなたをどこまでも愛されているのです。」(『キリストは生きている』112)と言われています。

ファリサイ派の人たちは、おん父から愛され、大切な掟を示されていたことを忘れていたのです。イエス様は、「すべての律法と預言者は、この二つの掟に基づいている」と言われます。イエス様が言われた「律法と預言者」とは、聖書全体を表しています。聖書は、私たちにおん父の【愛】を示してくださっているものと言ってもいいでしょう。

私たちは、イエス様から教えてくださったこの【愛の掟】を改めて、心に留めて「きょう一日」を過ごしていくことができたらいいですね。

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