コロナ時代は「時のしるし」か 鈴木信一神父

「時のしるしを読む」ことは「商機をつかむ」につながるでしょう。この二十年間でこの世界に驚異的に普及したスマホですか、この時の動きを敏感に察知し、商機に結びつけたのが Windows、Macintosh、Dell、Google、アマゾン、フェイスブック、ラインです。彼らは私たちと同じ二十年を過ごしながら、そこに時のしるしを読み取り、時代のリーダーとなり大企業になりました。私はなぜ「時のしるし」に気付けなかったのだろうと思わず考えてしまいます。

聖パウロは言いました。「折があろうとなかろうと、御言葉を宜ベ伝えなさい」(二テモテ4・2)。この二十年間、パウロ様だったら何に気付き、何を始めていたでしょうか? 振り返って、私たちはこの二十年間、何に気付き、何を始めればよかったのでしょうか。創立者ヤコブ・アルベリオーネ神父は、いつも「時のしるし」に敏感でありたいと願っていました。その思いから生まれたのが聖パウロ修道会です。当時教会の中では十分に評価されていなかったソーシャルメディアを積極的に福音宜教の道具として採用し、しかもそれを専門的に扱う修道者集団を結成したのです。「時のしるし」を感知し行動する力なくして、聖パウロ修道会の誕生はあり得ませんでした。

イエス様も「時のしるし」には敏感でした。「あなたたちは空模様を見分けることは知っているのに、時代のしるしを読み取ることはできないのか」(マタイ16・3)と歯がゆい思いを口にしておられます。「時のしるし」の理解方法には「この世的理解」と「信仰的理解」の二種類があるようです。

「彼らは地上のことしか考えていない。しかし、私たちの国籍は天にある」(フィリピ3・19)

聖パウロによれば、ある者は地上的モチベーションで起業し、ある者は信仰的モチベーションで起業するということでしょう。どちらのモチベーションがより力を発揮するかは、個人によって異なるようです。イエス様の場合も、聖パウロの場合も、創立者の場合も、信仰的モチベーションが圧倒的なパワーを発揮しました。これに対し、他の多くの人の場合はこの世的モチベーションが信仰的モチベーションよりも強力で、行動する力を発揮させます。残念ながら、私の場合は後者のようです。

今はコロナウィルスの時です。これも「時のしるし」ではないでしょうか。私はコロナの間、「じっと我慢の子」で修道院に籠っていましたが、このコロナの時を、商機ととらえて起業した人たちがいます。私の中にはこの世的モチべーションと信仰的モチベーションが共存しています。自然に任せればこの世的モチベーションがどんどん強くなり、信仰的モチベーションは弱くなります。「コロナの時代」にどのような商機を掴むか、この世的モチベーションの商機か、信仰的モチベーションの商機を掴むかで、私がどちらのモチべーションを自分の中で培ってきたかが判断できる気がします。

コロナの時代を信仰的モチベーションでとらえ、御言葉を前進させるきっかけを掴むことができるようになりたいなと思いますが、残されたときはもうあまりなさそうです。これも問題ですが、解決の道はあると感じています。

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