「カトリック入門」 第4回 人間とは【動画で学ぶ】

第四回:人間とは

(はじめに)
私が学生の頃、人口は約40億人と言われた。今では約70億人と言われる。日本の社会では人口は減少傾向にあるが、他の国では増加しているところもある。今後、どのようになっていくのだろうか?

1)人間とは?
*「言葉をもって協同して労働する生命体」(インターネットで検索)
 人間はラテン語で「Homo Sapiens」と表現。「知恵のある人」で、言語や文化を備えていることを意味する。

*人間とは「理性的動物」。これは人間について古い定義。体と五感を備えた動物でありながら、考える能力において他の動物と区別されている。
 心と体は人間の本質的な構成要素。体は人間の能力の限界を示しますが、同時に心は体を通してだけ働きます。人は体を生きるのです。心と体が一体となるところに、真の人間らしいいのちがあります。
*昔の要理書の中に次のように記されています。
 人間とは肉体と霊魂をもち、しかも一つのものです。肉体は人間の尊厳にあずかっていますから、物質界は人間の肉体を通して高められ、人間を通して創造主を賛美しています。人間は物質的なものよりすぐれている自分の内面に気づき、また、永遠・無限なものを見出すとき、自分の中に不滅の霊魂のあることを確信します。

*古代の哲学者たちは人間についてどのように考えたのだろうか?
 ①プラトン
  人間は魂と身体の結合したもの。魂は不滅であるが、身体は滅びる。ギリシア語で身体は「ソーマ」というが、「セーマ」(牢獄)と言葉遊びのような感じで、人間にとって「身体(ソーマ)は牢獄(セーマ)のようなもの」と言った。他には身体は私たちにとって影のようなものとも表現した。
 ②アリストテレス
  人間は魂と身体の結合したもの。魂も体もいつかは滅びる。プラトンとはちょっと違う。
 ③トマス・アクイナス(中世期の哲学者・神学者)
  彼はアリストテレスの影響を受け、人間は魂(理性的魂)と身体の結合したものと表現した。ただ違うのは、身体は滅びるが、理性的魂は不滅であると表現。
 ④パスカル
  「パンセ」の中で、「人間は自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である。
 ⑤デカルト
  「人間は時計仕掛けのようなもの」時がくると止まってしまう。

*聖書の中で
 ①創世記1・26
  「神の似姿」として人間は創造される。
  創造されたものの中でも、もっとも神に似ている。尊いいのちがそれぞれにある。

 ②創世記2章
  「神である主は土の塵(アダマー)で人(アダム)を形づくり、命の息をその鼻に吹き入れた。そこで人は生きる者となった」(2・7)
  「土」から造られ、またいつかは土に帰る。
  命の息を吹き入れる。「息」は「生きる」。
ギリシア語の「プネウマ」は魂、霊、息、風などの意味があり、目には見えないが、それなしには生きていくことができないものを示す。
「神である主は人から取ったあばら骨で一人の女を造りあげ、人の所に連れてこられた。」(2・22)
  男女が造られ、社会的存在となる。他人との関係なしに人は生きていくことができない。

2)人間の罪(原罪)
*創世記3章に出てくるように、人間は、悪魔に誘惑され、神である創造主に対する信頼がなくなってしまいました。人間は創造主に背き、神なしに、また神によらず、「神のように」なろうと望んでしまいました。(創世記3・5)
  こうしてアダムとエバは、自分たちのためにも、また自分たちの子孫すべてのためにも聖性と義の恵みを失ってしまいました。これを原罪と表現したりします。これは私たちに「伝播された」罪であって、私たちが「犯した」罪ではありません。
 *この原罪の結果、人間は傷つき、無知と苦しみと死の支配下に置かれ、罪の傾きを持つようになりました。この傾きは欲望と表現されたりします。
 *責任転嫁
  創世記3・11~13
  主は仰せになった、「お前が裸であることを誰が教えたのか。わたしが食べてはならないと命じておいた木の実を、お前は食べたのか」。人(アダム)は答えた、「私の連れ合いとしてくださったあの女が木から取ってくれたので、わたしは食べました。
  そこで神である主は女に仰せになった、「お前は何ということをしたのか」。女は答えた、「蛇がわたしを惑わしたので、食べました」。
  自分が悪くないという風潮は、今の時代も同じでしょうか…。

 *最初の罪の結果、世界は罪の波に飲み込まれましたが、神は人間を死の力に捨て置かず、人間が堕罪から引き上げられることを望まれました。こうしてイエス・キリストの到来が待たれます。
  ローマ書5・12~19の朗読

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