38. 使徒職生活のアニメーター(勉強)――福者ジャッカルド神父の生涯

ティモテオ院長は、学生時代はもちろんのこと、司祭になってからも自分の継続養成に勤め、後輩たちの教育にも心を砕いた。“信心業さえしっかりやっていれば、神から普通の知識も自動的に与えられる“というような幻想にはまどわされず、自他の教養や知識の工場は各自の自発的な努力と有識者からの指導によって達成されることをよく心得ていた。もちろん、勉強の目的は、ただむやみに知識を詰め込むことでなく、神の栄光を帰すためであり、天性の素質を磨き、視野を広げるためであり、広報使徒職を通して文化を豊かににし、人びとの救いに役立つためである。それで、「聖パウロ会員は幅広く教養を身につけ、他の人以上に教養を深めねより博学であり、より知恵深い者になければならない」と、ティモテオ院長は説いた。

まず、ティモテオ院長自身が率先して、聖書の熟読と研究、特に聖パウロの手紙をギリシャ語原文で熟読し、参考資料を幅広く参照して、聖パウロの真の精神に近づこうと努力していた。次に、回勅・教皇書簡・教皇庁文書を熟読し、研究した。さらに、事業の準備として、文学・哲学・倫理神学・司牧神学・教会法・典礼などの現代の動向を研究し、ご聖体の前でも、それらを正しく深く洞察するためのインスピレーションを受けていた。そして、これらを統合させて本を書き、定期刊行物の『アルバ新聞』、『司牧生活』、『パウロ家の協力者』誌などに寄稿した。

また、アルバ母院内に中学・高校・神学課程を設置し、それに必要な教師を集め、教材や教育環境を整え、会員や志願者のレベル・アップに努めた。そして、教師たちにはこう勧めるのであった。「教師たちは、授業中に生徒たちに質問し、予習・復習や宿題を課さなければなりません。生徒の人気取りは教育ではなく、生徒たちが神の気に入られるための教でなければなりません……」と。

ティモテオ院長は、忙しい合間を縫って、時には授業を参観し、質疑応答に耳を傾け、教師や生徒たちに適切なアドバイスをしていた。もちろん、ティモテオ院長自身も文学や哲学・神学の授業を受け持っていたが、他の教師の教授法の長所を取り入れて、興味深く、わかりやすく説明し、福音書をはじめ、聖パウロの手紙の「キリストの模倣」のくだりを引用して、その章の番号まで事細かく言い当てるのであった。学生たちは、その数字に基づいて引用箇所を確かめたところ、ぴったり合っていた。

当時、このジンナジオの生徒であった聖パウロ会のアッティリオ・モンジェ神父は、現在イタリア国営テレビ局「RAI」の一チャンネルの宗教番組制作者として働き、ジャッカルド神父の列福式当日にはRAIテレビ局の撮影監督をした人だが、彼は、昭和18年(1943年)当時のジャッカルド神父の教育ぶりを、こう述べている。

当時、私14歳で、ジンナジオの5年目に入ったところでした。国語はまあまあでしたが、数学はひどいものでした。勉強に身を入れなかったのです。一学期の期末テストでは、モリニ神父担当の代数で、三点というひどい点数をもらったのです(注、十点満点)。罰として、その答案用紙に、私たち生徒にとって最高の権威者である修道院長「マエストロ・ジャッカルド」からサインをもらわなければなりませんでした。私たちは、ティモテオ・ジャッカルド神父様を、庭でも、食堂でも、印刷工場でも、しばしば見かけました。また聖堂では、私たちの前方の最前列の席にひざまずいているところを見かけました。私たちは、神父様をデリケートで気さくなお方だと思っていたし、「ジャッカルド神父の母親のような思いやりと、アルベリオーネ神父神父様の父親のような厳格さとで、うまく釣り合が取れている」と言ったものでした。それでも、芳しくない成績では、院長様と顔を合わせる気にはなりませんでした……。

忘れもしませんが、その時は院長のドアをノックするにも気がひけて、廊下を行ったり来たりしていました。院長はステファノ・ラメラ神父様とお話し中でしたが、そのちょっとの間に不安はつのるばかりでした。しばらくして、いよいよ犯罪(怠け)の物証を院長様に提出して、サインしていただく時が来たのです。

たちまち院長様の顔が険しくなったので、今に一騒動が起こるのではないかとびくびくしていると、ホットするような考え方を述べてくださったのです。「私たちは、生きている間に好きなことだけをするわけにはいかないし、好きな学科だけを勉強すればよいというものでもありません……。皆には、それぞれの小さな十字架があるのです……。あなたのは代数ですから、これを今の待降節仲のフィオレット(一輪の小さな花=小さな禁欲の行為)にしなさい……」と。

それから赤字訂正だらけの答案用紙に、手書きでM・T・G(Maestro Timoteo Giaccardo )という頭文字の署名をしてくださいました。

このほか、ティモテオ院長は、毎年の予算に応じて図書室の書籍を充実させ、暖房付教室や科学実験室の設備も整えた。また、休講する教師には、必ずその代講役を探すように義務づけ、生徒全員にも定期的に試験を課した。そして、教室で学んだ知識や読書した内容をご聖体の前で反芻し、一瞬頭に浮かんだ新しいアイデアを肉付けするために、なるべくインプットした知識を一刻も早く実地に応用するよう仕向けたのである。さらに、勉強の心構えと各教科の意義について、こう述べている。

先生たちの言葉を信用しなさい。巷のゴシップに一喜一憂して、気の赴くままにそれに飛びついてはいけません。乱読せずに、まずカトリック要理や“神の学問 “である神学に専念しなさい。また、“福音の教育者“である哲学にも、“心理の光・生活の教師“である歴史にも、“秩序正さと単純・明快さ“を示してくれる数学にも、思想を修飾する文学にも、“学識の重要な基礎“となる文法にも専念しなさい。

ティモテオ院長は、雑務に追われて種々の出版物に目を通す余裕のない時には、同僚の会員にあれこれ記事や本を代読してもらい、あとでその要点を説明してもらったり、二人で庭を歩きながらその問題点を論議し会ったりしていた。1924年のメモには、次のように書いてある。

今のところ、新しい諸学科を学ぶ暇も、新しい研究室を備える時間もありませんので、他の人から学ぼうと思っています。いつも、皆と一緒に、すべてを大切にするつもりです。私の関わりうるわずかなことにも全力投球するつもりです。その際、(文書に)目を通し、繰り返して読み、頭脳に大きな負担をかけないためにも、読み直してみます。

・池田敏雄『マスコミの使徒 福者ジャッカルド神父』1993年

おしらせ
現代的に一部不適切と思われる表現がありますが、当時のオリジナリティーを尊重し発行時のまま掲載しております。

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