「カトリック入門」 第2回 神とは?【動画で学ぶ】

第二回:神とは?


高い山に登ると、登山口の所に鳥居があり、そこから何となく、神聖なものを感じたりする。山に対する敬意だろうか? 山の頂上には祠があったりする。一度、北アルプスの笠ケ岳に登ったことがある。頂上に着くと祠があり、何か特別な雰囲気を感じたりした。

1 「広辞苑」には?
「広辞苑」の中で、「神」についてどのように記されているだろうか?
•人間を超越した威力を持つ存在。
•日本の神話に登場する人格神。
•最高の支配者。天皇。
•神社などに奉祀(ほうし)される霊
•人間に危害を及ぼし、怖れられているもの(雷神)
•キリスト教で宇宙を創造して支配する、全知全能の絶対者。

2 漢字での「神」は?
神の意を示す「示」と、稲光りの形を示す「申(しん)」から成る。稲光りを伴い、天地を震動させる雷神、すなわち、天の神をいう。のちに広く「神」を意味する。

3 神はどんな方?(カトリック要理の中で)
神は天地万物の創造主、無限に完全なおかたで、天地万物の主宰者、人間の慈悲深い父。
また神は真・善・美どのもの、聖そのもの、永遠の愛であって、正義と憐れみに満ちたおかたである。したがって、神はすべての人を愛し、正義をもってその善悪に報い、憐れみをもって罪に苦しむ人間を顧み、その救いをお計らいになる。

4 神の自己啓示
•生ける神(神が現存し、意欲的に活動していることを直感的、全体的に把握する。
•聖なる神
•唯一の神
•愛の神/(神は愛である:一ヨハ4・8)
•霊である神

5 アウグスチヌス(354年~430年)の「告白録」
「主よ、あなたは至高、至善、いとも力あり、いとも全能なる方、きわめて憐れみ深くましましながら、もっともあらわにいとも美しくましましながら、もっともあらわに、きわめて強く、恒常にましましながら捉えがたく、不変にましましながら万物を変え、決して古くも新しくもましまさずに万物を新たにし、高ぶる者を知らぬまに古くしたもう。」

6 聖アンセルムス(1033年~1109年)
「これより大いなる何ものも考えられない」という神概念
最大のものは実在を持たなければならない。実在がなくて、概念的存在だけであれば、これに実在を合わせたより大きい存在を考えることができる。故に、神は実在しなければならない。

7 トマス・アクイナス(1225年頃~1274年)の五つの道
•運動・変化の事実から
運動・変化の過程にあるものは、他によって動かされているのでなければならない。したがって、あるものを動かしているものが、みずからも運動・変化の過程にある場合には、そのものもまた、他のものによって動かされているのでなければならず、そのものも、さらに別のものによってという具合にである。しかし、このことは無限に進行することはできない。なぜなら、そうだとすれば、なんら第一の動者が存在しないことになり、したがってまた、他のいかなる動者も存在しなくなってしまうからである。というのも、もろもろの第二次的な動者は、第一の動者によって動かされるのでなければ動かすことをしないからである。第一動者を神とする。

•作動原因の側面から
すべての可感的な事物のうち、作動原因の秩序・系列があるのをみいだす。もろもろの作動原因の系列において、無限に進行することは不可能である。なぜなら、すべて系列をなしている作動原因において、第一のものは中間のものの原因であり、中間のものは最後のものの原因だからである。中間のものが複数であるにせよ、ただ一つであるにせよ。原因が除去されると結果も除去される。だから、作動原因において、第一のものがなかったら、最後のものも中間のものもないであろう。必ず第一の作動原因がある。これを神とする。(他に三つある)

8 「子供の公教要理」(昭和22年、光明社発行)
•日が照り、月がさえわたるのは誰のお陰でありますか?
日の照るのも、月のさえわたるのも、天主様のお陰であります。

•稲、麦、木、草の出来るのは誰のお陰でありますか?
稲、麦などの出来るのは、天主様のお陰であります。

•稲麦は農家の人が作るのではありませんか?
いいえ、農家の人は田畑を耕し、種をまき、肥料をかけるばかりであります。日が照り、雨が降って、稲麦が出来るのでありますから、やはり天主様のお陰であります。

•人の生きているのは誰のお陰でありますか?
人の生きているのは天主様のお陰であります。

•人の生きているのは親のお陰でありませんか?
親は子供を産み、また育てます。しかし、いのちの源は天主様であります。

結び
この世界を見渡して、神の存在を考えてみよう。

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