心を一つにして 年間第23主日(マタイ18・15~20)

「二人三脚」とか「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあります。これに似たようなものが、「どんなことであれ、もしあなた方のうち二人が心を一つにして地上で願うなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださる」(マタ18・19)とイエスは語ります。「心を一つにする」という言葉はギリシア語で「シンフォネオー」が使われています。「シン」は「一緒に」、「フォネオー」は「フォネー」(声)という言葉と関連するように、「一緒に声を発する」というのが、もともとの意味になるでしょう。例えば、「シンフォニー」と言えば、「交響曲」と訳されたりしますが、言葉の響きからは、いろいろな楽器の音色があり、それらがお互いに協力し、助け合うこと。こうしてとても心地よい音色を醸し出したり、聞いたりすることができます。

一度、都内のサントリーホールで「メサイヤ」を聞いたことがありますが、合唱と楽器とがうまくかみ合っていて、ほんとうに素晴らしい演奏だなあと思ったことがあります。これもまた「心を一つにした」ものと言えるでしょう。

私の修道院には現在、十三名いますが、三名のベトナム人ポストランテ・有期誓願者と十名の会員(司祭・修道士・神学生)がいます。みんな性格が違うし、声の質も違います。何だか動物園の動物に例えることができるかもしれません。キジやクジャクのような声、ライオンのような叫ぶ声、牛のような低い声、猿のようなキャッキャッした声など。いろいろな声で「教会の祈り」を唱えていきます。早く唱える人、ゆっくりと唱える人など、これまた違ったりもしています。ともかくいろいろな違いがあるけれど、心を一つにして祈ればすばらしいなあと思います。
心を一つにすることは、ふだんの生活から始まることでしょう。

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