07. ブリンディジで船出を待ちながら――日本と韓国の聖パウロ修道会最初の宣教師たち

ローマからブリンディジへの列車の旅は沈黙と瞑想のうちに過ぎた。一九三四年二月十日の朝、私たちは小さな荷物、旅行かばん、トランクを持ってブリンディジの海を見渡せる広場にいた。港を目の前にして数時間余り、「コンテ・ヴェルディ号」を待った。ベルティーノ神父と私は木のベンチに腰を下ろし、おいしい朝食をとった。食欲があり、とても楽しかったことを思い出す。マルチェリーノ神父とファッシーノ神父がどこへ行ったのかは覚えていないが、巨大な船の力強い汽笛が私たちを元気づけ、乗船の許可が出た途端に私たちはすぐに船に乗り込んだ。

その大西洋横断客船はとても巨きく、まるで鯨のような巨体を波止場に接岸していた。私たちはとても感動していたので、船へ上る長いタラップも少しも苦ではなかった。お客が乗船する間、大きなクレーンが荷物を吊り上げ、船倉へと次々に運び下ろしていた。

問題は私たちの船室を見つけることであったが、やっとのこと見つけることができた。それはきれいで清潔な客室で、奥の方に小窓が付いていて、何か監獄の独房のような感じがした。それでも誰も不安にならず、むしろ朗らかで満ち足りていた。ベルティーノ神父とファッシーノ神父は上段の二つのベッドを、年長のマルチェリーノ神父と私は下段のベッドを選んだ。その時、「私たちは本当に宣教師なのだ」という実感が心の底からこみ上げてきた。その時私たちの頭を占めていた考え、それは、自分たちがこれから「福音の良き知らせ」を運んでいくのだ、ということだけであった。しばらくしてから私たちは現実に立ち返り、旅行かばんを開けて中身をあれこれ整理し始めた。突然、船のモーターが大きな音を立てて動き始め、低いごう音が、上下動し始めた船底から這い上がってくるように思われた。それは本当に忘れ難い感動であった!

やがて船は静かに出港した。私たちはやり始めたことを放り出して甲板に出て、愛する国イタリアに最後のまなざしを注いだ。祖国は次第に、私たちの視界から遠く消え去っていった。

こうして私たちの「良き知らせ」をもたらす使命は、ついに幕を開けた。

・ロレンツォ・バッティスタ・ベルテロ著『日本と韓国の聖パウロ修道会最初の宣教師たち』2020年

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