天の国の鍵という種 年間第21主日(マタイ16・13〜20)

私たちはどのくらい【鍵】を持っているでしょうか。例えば、玄関の鍵、部屋の鍵、自動車の鍵、会社のカードキーなど、最近はパソコンのIDやパスワードなど【鍵】がないと仕事ができないということもあります。この鍵は、自分が入出するだけではなく、外部からの侵入を防ぐためにも役に立つものです。

きょうのみことばはペトロが【天の国の鍵】をイエス様から授けられる場面です。イエス様は、フィリポ・カイサリア地方に行かれ、弟子たちに「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」と尋ねられます。このフィリポ・カイサリアという場所は、ガリラヤ湖の北40キロほどに行った所で他の地方との交流が盛んで、色々な文化や人々が行き来していました。イエス様は、その地に行くことでご自分のことを人々がどのように言っているのかを弟子たちに尋ねたのでしょう。それは、ユダヤ人たちの声も聞けたでしょうし、異邦人である他の地方の人の声も聞けたのではないでしょうか。弟子たちは、自分たちの耳に入って来るイエス様に対しての声である「洗礼者ヨハネだと言う者あれば、エリアだと言う者もあります。また、エレミヤと預言者の1人だと言う者もあります。」と答えます。

弟子たちがイエス様に答えた名前は、昔から伝えられたおん父から約束された【救い主】ではないかと思われる人でした。人々は、イエス様の教えや奇跡などの噂を聞いて、ただのユダヤ人でない、特別に神から選ばれた人であると気付いていたのでしょう。イエス様は、弟子たちの答えを一通り聞いた後に「それでは、あなた方は、わたしを何者だと言うのか」と尋ねられます。このことは、私たち一人ひとりに対しての質問ではないでしょうか。私たちは、イエス様のことを「何者」と言っているのでしょうか。もちろん、イエス様は三位一体のペルソナ第二位の神である神の子であると言うことを知っています。しかし、それは知識の問題で私たちにとって、イエス様はどのようなお方なのでしょう。

人によっても立場や環境によってもイエス様へのイメージは、異なって来ることでしょう。例えば、私たちの傷を癒してくださる方、優しくて何でも願いを聞いてくださる方、逆に厳しく私たちの罪を裁く方、話をゆっくり聞いてくださる方、私たちの側にいて同伴してくださる方など色々なイエス様を浮かべるのではないでしょうか。時には、イエス様を自分の都合のいいようなお方にしているかもしれません。教皇フランシスコは、『キリストは生きている』の中かで「わたしたちにはイエス・キリストを、昔いた見習うべき人物として、過去の記念として、ただそれだけの存在にしてしまう危険があるからです。……そのかたは生きているのです。」(124)と言っています。イエス様の質問は、私たちに対して改めて「あなたにとって私は何者なのだ」と尋ねているのではないでしょうか。私たちは、このイエス様の質問に対して「私はイエス様のことをどのようなお方と思っているのか」と改めて振り返ってみるのもいいかもしれません。

イエス様の質問を受けた後、ペトロが「あなたは生ける神の子、メシアです」とはっきり答えます。イエス様は、このペトロの答えを聞かれて「シモン・バルヨナ、あなたは幸いである。あなたにこのことを示したのは人間ではなく、天におられるわたしの父である。」と彼をほめられます。きっとペトロは頭でイエス様のことを考えるのではなくおん父の働きと共に、直感的に気付いたのではないでしょうか。私たちも色々な分かち合いをしている時に、自分では気づかないような、聖霊に導かれた会話をすることがあることでしょう。そのような時は、周りの人から指摘されて気がつくことがあるのではないでしょうか。

イエス様は、ペトロに改めて「あなたはペトロである」と名前を付けられます。聖書の中で改めて名前を変えられると言うのは、「アブラムからアブラハム」「ヤコブからイスラエル」「サウロからパウロ」のように大切な使命を与えられる時のようです。ペトロも同じように名前を変えられ【天の国の鍵】を託されました。もちろん、私たちが持っているような目に見える【鍵】ではありません。では、【天の国の鍵】とは一体どのようなものなのでしょう。イエス様は「もしあなた方の義が、律法学者やファリサイ派の人々の義に勝るものでなければ、あなた方は決して天の国に入ることはできない」(マタイ5・20)とか「あなた方は不幸だ。あなた方は人々の面前で天の国を閉ざして、自分が入らないばかりか、入ろうとする人々を入らせない」(マタイ23・13)と言っているところを見ると、【天の国の鍵】と言うのは、おん父から頂いた【いつくしみの愛】と言うことではないでしょうか。

【天の国の鍵】はペトロが代表として授けられたように思われますが、私たち一人ひとりも同じように、頂いていると言ってもいいのではないでしょうか。私たちが周りの人に愛の行いをする時、そこには、安らぎと平安、優しさがあふれています。その状態こそが【天の国】と言ってもいいでしょう。私たちは、おん父から頂いた【天の国の鍵】を自分のための鍵として使うのではなく、周りの人のために使うことができたらいいですね。

あなたにオススメ