種蒔き 年間第15主日(マタ13・1~23)

暇をみてキャベツ、レタス、白菜、二十日大根、ニンジンなどの種を畑に蒔いたことがあります。種が入った袋の裏には、種を蒔く時期、それに合わせた収穫の時期が記されています。さらに親切なことに、イラスト付きで、南の九州地方、北の東北地方や北海道地方の場合、時期が違うことまで描かれています。それに従って種を蒔くと、ほぼ間違いなく収穫を得ることができます。

また種からの場合、植え方も違います。例えば、キャベツやレタスの場合は、苗床を作り、少し大きくなったら小さなポットへ移植し、最終的には畑へ移していく。二十日大根の場合は、畑に種をバラ蒔きにし、成長したら少しずつ間引きしていく。ニンジンの場合も、ある程度大きくなったら間引いていく。種によって作り方が異なり、楽しいものです。この方法だと、狭い日本の土地に合って、種を無駄にしないし、経済的です。

こうした方法に比べて、今日のみことばに出てくる種蒔きの方法は、とてもいい加減だなあと思います。畑が狭い日本ではちょっと考えられないやり方ですが、パレスチナ地方ではよくあることだったのでしょう。種をばら蒔き、種によっては道端、土の薄い岩地、茨の中、よい土地…。それぞれによって成長の度合いが違っています。こうした違いにより、みことばを私たちがどのように受け止めているのかをイエスは語ります。

道端とはみことばを聞いて悟らない人のこと。土の薄い岩地とは、みことばを受け入れるが、困難や迫害に出会うとつまずいてしまう人のこと。茨の中とは、みことばを聞くが、世の思い煩いや誘惑に出会うとそれに覆いふさがれてしまい、実らない人のこと。よい土地に落ちたものは、みことばを聞いて悟る人のこと。私の場合はいったいどの部類に入るでしょうか。

今の時代は種々の困難、思い煩いなどで、実りが少ないかもしれません。そんな時代だからこそ、ゆっくりとみことばを味わって、よい土地の中で成長していきたいものです。

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