わたしのもとに来なさいという種 年間第14主日(マタイ11・25〜30)

私たちは、現代社会において様々なストレスを担っています。その中で、私たちはどのようにそのストレスと向き合って行っているでしょうか。ストレスを重荷として考えるか、それともそれをチャンスとして考えるかということで大きく違ってくるのではないでしょうか。きょうのみことばは、ストレスに苦しむ私たちにイエス様が癒しをくださる言葉を教えてくださる場面と言ってもいいかも知れません。

イエス様は、ユダヤ人達に対していろいろな奇跡を行い、おん父の教えを伝えられました。しかし、それらのことに対して受け入れる人と拒否する人と分かれていたようです。イエス様は、きょうのみことばの前に「ぼくたちが笛を吹いたのに、君たちは踊ってくれなかった。弔いの歌を歌ったのに、悲しんでくれなかった」(マタイ11・17)とか「カファルナウムよ、お前は天にまであげられると思っているのか。お前は陰府(よみ)にまで落とされる。」(マタイ11・23)と言われ人々の不信仰について嘆かれます。イエス様は、その後にきょうのみことばであるおん父への賛美を語られます。

イエス様は、「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。」という言葉を使われ、これからご自分がこの世に遣わされたことを感謝されます。イエス様は、何のためにこの世に遣わされたのでしょう。それは「【これらのもの】を小さい者におん父のみ心を現すため」だったのではないでしょうか。イエス様は、ここで「知恵ある者や賢い者」と「小さい者」と二つを比べられます。私たちは、「小さい者」よりも「知恵ある者や賢い者」の方を重視する傾向があります。当然、社会の中で貢献する人やリーダー的な人は、知恵ある者であり賢い者です。そのために、私たちは学校で勉強し知識を得、会社の中では、少しでも上を目指して働こうとします。もちろんそれは、素晴らしいことですし、そのようにして私たちの社会は、発展し進歩してきました。

逆に「小さい者」とは、「ちっぽけな者」「どうしようもない者」「自分の力では何もできない者」「人から期待されていない者」という人たちのことを指していると言ってもいいでしょう。どちらかというと、昇進する人のレールから落ちて行った人、落ちこぼれた人、今で言う「負け組」と呼ばれる人たちでした。イエス様はそんな「小さい者」に【これらのこと】を現してくださったのです。

では、【これらのこと】とはどのようなことでしょう。それはおん父からの恵みであり、神の国の恵みということではないでしょうか。イエス様は、人々に対して奇跡や教えを伝えますがそれを拒否する人もいました。彼らは、自分が「知恵があり賢い者」と思っている人たちでした。彼らにとっては、イエス様の教えは当然知っていましたし、今さら教わる必要がないものでした。彼らは、経済的にも安定していましたから、奇跡を頂かなくても生活できる人たちでした。ですから、イエス様は、彼らの行いや考え方に対して非難をされたのです。イエス様は、誰に対してもおん父の教えを行うために来られましたし、物惜しみされず全ての人に対して愛を示されました。しかし、残念なことに「知恵があり賢い者」と思っている人たちは、イエス様が示された【愛】は必要がなかったのです。

しかし、「小さい者」は、自分一人では何もできないということを知っていますから、イエス様の教え、奇跡に頼るほかないのです。イエス様は、そんな彼らに対して「労苦し、重荷を負っている人はみな、わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」と言われます。イエス様のこの言葉を聞いた人たちは、どれほど安心し、癒されたことでしょう。いつも人々から排斥され、馬鹿にされた人たちです。辛いこと、嫌な仕事を押し付けられた人たち、自分の性格や人生に嫌気をさした人たち、精神的にも肉体的にも疲弊していた人たちです。そんな人たちにイエス様は、優しく愛を持って「わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」と言われるのです。

イエス様は「わたしの心は柔和で、謙遜であるから、わたしの軛を受け入れ、わたしに学びなさい。」と言われます。私たちは、イエス様の【柔和】と【謙遜】感じ、触れることで癒されます。イエス様は、そんな私たちに「わたしに学びなさい」と言われるのです。私たちは、イエス様を拒否するのではなく、自分たちの能力、知識に頼るのではなくイエス様の柔和と謙遜という【いつくしみの愛】に触れ、変えられイエス様の軛を受け入れ、そして「イエス様に学ぶ(倣う)」という恵みを頂いているのではないでしょうか。これこそが、イエス様が言われる【おん父のみ心】(11・26)と言ってもいいでしょう。

イエス様は、私たちがご自分の所に集い、ご自分の軛を【受け入れた時】、「あなた方の魂は安らぎを見出す」と言われます。イエス様は、「あなたたちが担わなければならないものは変わりませんし、肉体的には辛いかも知れませんが、【魂の安らぎ】を得られますよ」とお約束されます。私たちは、いま担っている【荷】がイエス様から頂いた【荷】ということに信頼しながら、希望のうちに歩むことができたらいいですね。

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