自分の十字架 年間第13主日(マタイ10・37~42)

今年は一月から、新型コロナウイルスの問題で右往左往しています。二月下旬から学校がお休みになり、三月いっぱいで落ち着くのかなあと思ったら、四月に入ると緊急事態宣言まで発令されました。「不要不急の外出は控えてください」「マスクを着用してください」「三密を避けてください」など、ずいぶん制限がかかってしまいました。四月には落ち着くかなあと思っていたら、五月いっぱいかかりそうで、六月も、どうも怪しい感じです。

そんな中、私は四谷修道院から管区修道院へ異動することになりました。辞令は四月一日付けになっていて、三月下旬は自分の部屋の掃除と荷物のまとめ、四月上旬は新しい部屋での荷物の整理に追われました。新型コロナウイルスの問題の真っ最中ですが、時間は取ることができました。ただ感染には気を付けなくては…。マスクを着用したり、手洗いをしっかり行ったり…。

さて今日の福音では「自分の十字架を担ってわたしの後に従わない者は、わたしにふさわしくない」とイエスは語ります。誰にでも大なり小なり、いろいろな十字架があるものです。私にとっては、新型コロナウイルスと引越は直近の十字架と言えるでしょうか。

新型コロナウイルスの影響を一番被っているのは医療従事者と言えるかもしれません。今までのウイルスとは違い、とても感染力が強いということもあって、亡くなる方の割合が高いものです。そうした中で、病院などでこの治療に当たっている医療従事者の方々はいのちがけだろうなあと想像します。同時に、その家族の方々も差別的な対応を受けたりして、苦労が多いものです。こういう厳しい状況だからこそ、医療従事者に心から感謝しなければなりません。

誰にでもある十字架。今、どんな十字架が自分に降りかかっているか、この機会に考えてみるのも大切でしょう。

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