聖体の恵みという種 キリストの聖体(ヨハネ16・51〜58)

私の「初聖体」は、2回ありました!? 私は小学3年生で「初聖体」の恵みをいただきました。もう一つは、まだ、私が3歳の頃でしょうか、ミサの聖体拝領の時に両親と一緒に列に並び神父様の前まで行った時に、神父様が私の口の中に聖体を入れてくださったのです。今思いますと、聖体が私の中に「飛び込んで来た」という感じがしています。これが私の「2つの初聖体」です。

きょうの典礼は、【キリストの聖体の祭日】でみことばは、イエス様が大勢の群衆にパンを与えた奇跡を行われてから人々に【聖体】について教えられる場面です。不思議なことにヨハネ福音書では、最後の晩餐での【聖体の制定】の記事がありません。その代わりにきょう読まれる場面は、イエス様がご自分のことを「わたしが天から降ってきた、生けるパンである。」と言われ、【聖体】について語られています。

イエス様は、ここの箇所で「天から降る」と「永遠に生きる」という言葉をよく使われています。きょうのみことばの1節前でイエス様は、「……これは天から降ってきたパンであり、これを食べる者は死ぬことがない。」(ヨハネ6・50)と言われています。ここでイエス様は、出エジプトでイスラエルの民が食べた「マンナ」のことを思い出させながらご自分こそがおん父に遣わされた【パン】であり、そのパンを食べる人は、【永遠の命】をいただくことができると言われています。そして、きょうの箇所に入ってイエス様は、繰り返すように「わたしは天から降ってきた、生けるパンである。これを食べる人は永遠に生きる。」と言われます。これは、余談ですがイエス様がお生まれになった「ベツレヘム」というのは、ヘブライ語で【パンの家】という意味だそうです。このように考えますと、イエス様が「わたしは天から降ってきた、生けるパンである。」と言われるのと何か関係があるのかもしれません。

イエス様は、何度もご自分が【パン】であると言われそのパンを食べる人は、【永遠に生きる】ということを話されます。それは、イエス様の「いつくしみの愛」ではないでしょうか。イエス様は「……わたしは終わりの日にその人を復活させる」(ヨハネ6・44)と言われていますし、同じようにきょうの箇所でも「わたしはその人を終わりの日に復活させる」と言われます。イエス様は、ご自分がおん父からこの世に遣わされ、ご自分の体である【聖体】を食べさせることによって【永遠の命】である【復活】へ私たちを導く、ということを約束されておられます。

私たちは、愛する人と生涯一緒にいると思うことでしょう。同じようにイエス様は、私たち一人ひとりを愛されておられ、いつまでも一緒にいたいと思われて、私たちにご自分の体である【聖体】をくださり、【復活】という永遠の命をお約束されるのです。イエス様は、「人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたがたのうちに命はない。」と言われます。イエス様は、おん父の子であるのにもかかわらず小さな【ホスチア】として、ミサの中で私たちの中に入られます。私たちは、ミサの中でいただく【ホスチア】をどのような気持ちでいただいているのでしょうか。司祭は、ミサの中で「皆、これを取って食べなさい。これはあなたがたのために渡されるわたしのからだである」と言われます。私たちは、このことをどのように心に留めているでしょうか、いま一度私たちが頂いている【聖体】を振り返ってみる良い機会かもしれません。

イエス様は「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む人は、わたしの内に留まり、わたしもその人の内に留まる」と言われます。私たちは、【聖体】をいただくことでイエス様と一体となります。私たちは、食物を食べることで私たちの体を生かしています。イエス様は、【聖体】となられ私たちを生かされてくださっておられるのです。私たちは、この命を「生き続ける」という使命があるのではないでしょうか。では、具体的にどのようにすればいいのでしょう。それは、イエス様が私たちになさったように、私たちが周りの人に【愛の業】をすることではないでしょうか。

イエス様は、「生きておられる父がわたしをお遣わしになって、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる人もわたしによって生きている」と言われます。この中では、【生きる】という言葉がリレーのように出てきます。ここに【生命の伝達】があるように感じます。私たちは、おん父とイエス様から頂いた【いのちのパン】によって生かされて、養われているのです。私たちは【聖体】によって、イエス様の体を頂くと同時におん父のいのちも頂いていると言ってもいいでしょう。私たちは、聖体拝領で実際に【聖体】を頂き、さらに【聖体訪問】で【聖体】を観想することによって生かされます。私たちが体の中にイエス様を感じる時、その喜びに突き動かされるような行いが「愛の業」となるのではないでしょうか。私たちは、頂いている【聖体】の恵みを思いながら毎日を生きることができたらいいですね。

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