弁護者・助け主である聖霊 復活節第6主日(ヨハネ14・15~21)

「弁護者」はギリシア語では「パラクレートス」が使われ、「助け主」「忠告者」「保護者」などの意味があり、ここでは「聖霊」を意味しています。この語は、ヨハ14・26、15・26、16・7などでも使われています。イエスが弟子たちと共にいること、さらには聖霊が弟子たち、すなわち教会と共にとどまることを語ります。

かなりの時間が経過して、あのことは神様の助け、聖霊の恵みだったのかなあと思うことが、人生経験の中であったりします。九死に一生を得たということは、こういうことからもしれませんが、(ちょっと残酷な話で申し訳ありませんが)私が五歳か六歳の時、こんな体験をしました。

家の前で一人、のんびりと遊んでいたのですが、そこに古い家を解体した材木があり、その上をウサギのようにピョンピョンと飛び跳ねていました。ところが、ちょっとしたスキに足を滑らせてしまい、前の方向に転んでしまいました。転倒した所の古い材木の角にクギが残っていて、私の大事な鼻に当たってしまいました。1センチくらい入ったでしょうか…。幸か不幸か、刺さった部分は、目ではなく、また鼻と言っても両眼の間の低い部分でもなく、その低い部分から2センチほど下の所でした。ちょっと上だったら、命に支障をきたしていたでしょう。運がよかったのかもしれません。その影響でしょうか、今でも自分で鼻を触っていくと、ちょっとくぼんだ所があります。こんな体験を振り返ってみる時、神様が助け、聖霊の恵みをいただいたのかなあと思ったりします。

今日のみことばでイエスは、「弁護者」が「真理の霊」(ヨハ14・17)だと語ります。目に見えない方が私たちの日常生活の中で力を注ぎ、恵みを与えてくだっているのを感じます。「弁護者」「助け主」「イエス」「聖霊」を、具体的な日常生活の場で感じるよい機会です。

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