信じるという種 復活節第5主日(ヨハネ14・1〜12)

私たちは、「今」のことよりも、「先の方」を見て不安を思えることがあります。そうではなく、今立っている足元をしっかり見つめることも大切なのではないでしょうか。

きょうのみことばは、イエス様が十字架にかかる前に弟子たちと「過越の食事」(最後の晩餐)の最中の会話の場面です。ヨハネ福音書は、全部で21章ありますが、その中で【最後の晩餐】が書かれた章は、13章から始まりイエス様がユダヤ人から捕らえられる18章まで書かれています。ヨハネ福音書は、何故このような量を「最後の晩餐」に当てたのでしょうか。それは、イエス様が後に残こる弟子たちに対して最後の教えを授けるためではないでしょうか。

 きょうのみことばの最初の節でイエス様は、「心を騒がせてはならない。」と言われています。この言葉は、とても厳しく聞こえますがもしかしたら「そんなに怖がらなくてもいいんだよ」と言われているのかもしれません。弟子たちは、イエス様から「子らよ、もう少しの間わたしはあなた方ともにいる。」(ヨハネ13・33)と聞かされ、また、度々ご自分がどのような最期になるのかを聞かされていました。弟子たちは、もうそろそろその時がきたのではないかと思ったでしょうし、イエス様がいなくなった後自分たちだけでどのように宣教すればいいのか、という不安があったのではないでしょうか。イエス様は、彼らのそのような不安に対して「心を騒がせてはならない」と言われたのでしょう。

きょうのみことばの中には、何度も【信じる】という言葉が使われています。イエス様は、まず始めに「あなた方は神を信じなさい。そしてわたしをも信じなさい。」と言われ、「父がわたしのうちにおられることを、あなたは信じないのか。……わたしが言うことを信じなさい。……業そのものを信じなさい。わたしを信じる者は……」と最後まで何度も【信じなさい】と言われています。イエス様は、弟子たちにいったい何を【信じる(なさい)】と伝えたいのでしょうか。ユダヤ人たちは、子どもの時から「父である神」のことを教えられていました。ですから、イエス様から「あなた方は神を信じなさい。」と言われなくても弟子たちは、神を信じていたはずです。ただ、その後に言われた「わたしをも信じなさい」という言葉の意味をどのくらい理解していたでしょう。

イエス様は、「わたしが父のうちにおり、父がわたしのうちにおられることを、あなた方は信じないのか。……父がわたしのうちにおられると、わたしが言うのを信じなさい。」と言われます。この言葉は、少し前に「わたしを信じる人は、わたしを信じるのではなく、わたしをお遣わしになった方を信じるのである」(ヨハネ12・44)とイエス様が言われた言葉と似ています。イエス様は、弟子たちに「ご自分とおん父は、一体ですよ」と言うことを【信じなさい】と言われているのではないでしょうか。

私たちは、何を信じていいのかわからない時、今いる場所、今歩んでいる方向がこれでいのか、と思う時とても不安を覚えます。きっと、弟子たちも同じ気持ちだったことでしょう。イエス様は、「あなた達が子どもの頃から信じていた、おん父の中にわたしがいるのですよ。だから安心しなさい。」と言われているのではないでしょうか。私たちは、洗礼の恵みをいただく時に、司祭との応答の中で何度も「信じます」と誓います。さらに、ミサの中での『信仰宣言』でも「信じます」と唱えます。私たちは、イエス様を【信じ】、イエス様を見つめて歩めば間違うことがないと【信じる】ことを心から思う時、本当の「平安」、「安らぎ」を覚えるのではないでしょうか。

イエス様は、「よくよくあなた方に言っておく。」と強調しながら「わたしを信じる者は、わたしの行っている業を行い、また、それ以上の業を行うであろう。わたしが父のもとに行くからである。」と言われます。このことは、私たちにとって、【勇気】と【安心】を与えてくださる言葉ではないでしょうか。わたしたちがイエス様を信じて行うことは、【三位一体の神】の恵みをすべていただけることをお約束してくださっているのです。イエス様は、「わたしの名によって何かわたしに願うなら、わたしがかなえてあげよう。」(ヨハネ14・14)と言われます。私たちは、「心を騒がすのではなく」ただイエス様を【信じる】だけでいいのです。

イエス様は「わたしは道であり、真理であり、命である。」と言われます。イエス様は、おん父へと私たちを導く【道】でありますし、おん父から頂いた【真理】を私たちに示してくださいますし、私たちに永遠の【命】を与えてくださるお方です。イエス様は「わたしのいる所に、あなた方もいるようになるためである」と約束されます。イエス様は、いつも私たちと一緒にいたいのです。そして、イエス様の中におられるおん父が私たちの中に一緒におられるのです。私たちは、このいつくしみの愛であるイエス様を【信じ】ています。きょうのみことばを黙想しながら、改めて「イエス様を【信じている】私」ということを振り返ることができたらいいですね。

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