20. 信心――福者ジャッカルド神父の生涯

パウロ家独自の精神風土(霊性)を作り出すために、その草分けたちは何をしたのか……。パウロ家の聖堂内には、どこにでも「悔い改めの心を保ちなさい」という標語が書かれてあるが、これは創立者が霊夢の中でイエス・キリストから聞いた言葉とされている。ジャッカルドの1918年2月と9月の日記によれば、創立者の訓話の中で強調されているのは“罪を犯す代わりに、徳を積んで聖人になる“ことであった。

まず第一に、私たちは聖人にならなければなりません。私の気になるのは次の二つです。すなわち、私がそれほど聖人になっていないこと、あなた方もまだ聖人になりきっていないことです。……他のことは気にならず、いずれも大きなことではありません。当たり前のことです……。この修道院を倒壊させるような地震が襲っとしても、この修道院は復興し、全世界の主要国に広がり、幾世紀も存続するでしょう。この修道院は神のみ旨によるものだからです。
……私たちがもっと聖人になっていたら、教区報がもっとたくさん頼まれていたかもしれないし、私たちの新聞はどれほど部数が増えていたかわからないのです。印刷工場では、罪のゆえに、今週40リラほどの損害が出ました。不従順と罪の結果はただちに現れてくるものです。(1918年2月15日)。

……私たちは、み摂理によって生きていることを忘れないようにしましょう。私たちが罪を犯すなら、み摂理の前で戸を閉じてしまいます。罪は皆に迷惑をかけ、健康を害し、財政難を起こします。何にもまして神を侮辱します。これこそ最大の悪、ほんとうに悪いことです(1918年9月26日)。

……天国において、私たちが罪が、この修道会の事業にどれほどの損害を与えていたかがわかるでしょう。その時になったら、この地上での唯一の心配事は聖性であったということがわかるでしょう。(1918年2月15日)。

パウロ家の聖堂内に掲げてあるもう一つの標語は、「私はあなたたちとともにいる。ここから照らそう」というキリストの言葉である。この標語も、アルベリオーネ神父が夢の中で聴いたものだという。「ここから……」というのはご聖体を指すものと思われるが、ご聖体こそはパウロ家の全生活の中心であり、その全活動の根源である。ご聖体に臨在する師イエスに照らされ、力づけられて、パウロ家独自の使徒職が展開されるのである。

また、アルベリオーネ神父は、このご聖体を大木の幹にたとえて、そこからいろいろな枝葉となる信心を草創期のパウロ家に植え付けたのである。大木のたとえは、アルベリオーネ神父自身の苗字に由来する。イタリア語のアルベリオーネ(Alberione )は「大木」という意味である。これをもじって、アルベリオーネ神父は、若者たちに「高いところをご覧なさい! 頂点の見えない大木を。これが私たちの修道会です。……皆さんはその根なのです。現在のこの修道院は、全世界に広がるきわめて大きな木の根にほかなりません」と、パウロ家の将来を予言していた。

出版活動は、とても底が深い、並々ならぬ謙遜を土台としなければなりません。出版宣教者たちは、道・真理・生命である師イエス・キリストに接ぎ木されて、使徒の女王マリアに養成されながら、使徒職を進展させていきましょう。まるでぶどうの樹の枝のようなものです。出版宣教者たちは「保護者」であり、「父」である使徒聖パウロと一体となり、守護の天使に助けられながら、使徒職を進展させていきましょう。特別な信心としては、悪政に対抗して教会をあまねく守ってくださる聖ヨセフへの信心を行い、それに煉獄の霊魂への信心を行いましょう。

ジャッカルドは、アルベリオーネ神父の霊性を自分のものとするために、毎日一時間の聖体訪問をし、師イエスを礼拝・賛美し、悔い改めの心を持ち、ゆるしの秘跡を受け、尽きることのないお恵みと照らしを願い求めた。

使徒の女王マリアへの信心は、ジャッカルドの幼い時からのマリア信心に、いっそうの励みをつけた。アルベリオーネ神父によれば、使徒たちは、福音宣教に出かける前に、あの「高間」において聖母マリアの取り次ぎによって聖霊を受けた。これに加え、聖母マリアは使徒の中の使徒といわれる師イエスを人びとに与え、また人びとをイエスへ導かれた。この視点から、聖母マリアは現代の使徒たち、つまり福音宣教者たち全員の霊性上の最高指導者といえよう。ゆえに、聖母マリアに「使徒の女王」という称号がつけられたのも当然であろう。パウロ家の使徒の女王のご像は、おん子イエスを抱き締めるのではなく、両腕を伸ばして人びとに差し出す姿勢をとっている。ジャッカルドも聖母にならって、積極的にイエスを与えること、つまり福音宣教に全力を尽くした。

聖パウロへの信心については、ジャッカルドは、同僚たちの模範を見習って、聖パウロの手紙と使徒言行録をギリシャ語原文で熟読・感想し、福音宣教への熱意を高めた。なお、聖パウロの小さなご絵を肌身離さず、一種のお守りとして身につけていた。そして、額縁にはめた聖パウロの大きなご絵は、パウロ家の聖堂お応接間、その他の目立つ所に掲げられていたので、ジャッカルドは同僚たちとともに、その前で朝・晩の祈りをはじめ良心の糾明、昼のお告げの祈り、食後の祈りをし、夕方の訓話を聴いていたのである。

さらにこのころから、パウロ家独自の祝日、すなわち師イエス・キリスト、使徒の女王マリア、使徒聖パウロの三大祝日が制定されはじめた。また、月の初月曜は聖パウロ、はつ火曜は煉獄の霊魂、初水曜は聖ヨセフ、初木曜は守護の天使、初金曜はイエスのみ心、初土曜は使徒の女王マリアへの特別な信心の日と定められ、創立者の提案で、1936年10月から道・真理・生命である師イエス・キリストへの特別な信心の日と定められた。

・池田敏雄『マスコミの使徒 福者ジャッカルド神父』1993年

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