「ゆるし」の起源について――キリスト教知恵袋

「ゆるし」と「ゆるしの秘跡」の起源はいつごろでしょうか?

聖書をひもとくと、人間が犯す重大な罪は、神に背くこと、神から離れてしまうこととして描かれています。このように罪を犯して神から離れてしまった人々に、神は、ご自身に立ち返るよう呼びかけます。

「神に立ち返れ」、「心を神に向けよ」という回心の呼びかけは、新約聖書ではイエスを通して決定的なかたちで明らかにされます。イエスは宣教の初めに、「悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1・15)と宣言しました。また、イエスは罪をゆるす務めを自分の後継者である使徒たちにゆだねます。「あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる」(マタイ16・19、18・18)。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される」(ヨハネ20・23)。

イエスから使徒たちに与えられたこの務めは、パウロが、「神は、キリストを通してわたしたちをご自分と和解させ、また、和解のために奉仕する任務をわたしたちにお授けになりました」(二コリント5・18)というように、教会の奉仕の務めとして行われるようになりました。使徒の時代には「ゆるしの秘跡」という言葉そのものはまだありませんでしたが、神と神の民の共同体との関係で、罪とそのゆるしを理解していたと言えるでしょう。

ゆるしの秘跡の歴史について詳しく述べることは誌面の関係でできませんが、現在のような個人的な告白が繰り返し行われるようになったのは、六世紀ごろのアイルランドの修道士の影響によると言われます。また、ゆるしの秘跡の授け方や回数などについての規則はもちろん、ゆるしの秘跡そのものの理解も、教会のおかれた時代背景や人々の罪の意識の変化によって、さまざまな影響を受けました。

かつては、個人的な罪のゆるしや償い、あるいはゆるしの秘跡を裁判のようにとらえる面が強調されていたこともありました。これに対して現在の教会は、個人の罪によって教会を傷つけたこと、また、罪を犯した人の回心を祈る教会との和解という共同体的な側面を強調しています。そして、ゆるしの秘跡が、神のいつくしみに触れる機会となるよう勧めています。

●回答者=宮越俊光

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