私たちは「地の塩、世の光」という種 年間第5主日(マタイ5・13〜16)

ムードメーカという言葉がありますが、その人がいるだけで周りの雰囲気が明るくなることがあります。お話が面白かったり、仲間や何かのグループのテンションが下がっている時に、雰囲気を盛り上げたり、励ましたりできる人のことです。そのような人は共同体の中で本当に貴重な存在だと思います。

きょうのみことばは、『山上の説教』の中で、キリスト者として私たちがどのような信仰生活を送るか、ということをイエス様が教えてくださっている場面の一つです。イエス様は、ご自分の所に集まってきた人々に向かって「あなた方は地の塩である。」と言われた後に「あなた方は世の光である。」と言われます。これを聞いた人々は、どのように感じたのでしょうか。このみことばの前に、イエス様は、「自分の貧しさを知る人は幸いである。……喜び踊れ。天におけるあなた方の報いは大きいからである」(マタイ5・3〜12)と人々に話されています。イエス様が言われることの逆の方が【幸せ】と考える人が多い中、イエス様の所に集まった人々は、自分たちが置かれている貧しさ、受けている様々な迫害が「天の国では幸い」となることを感じたのかもしれません。

人々は、自分たちの心の中にイエス様の声が染み込んできたことを感じたことでしょう。そんな時、イエス様は、「あなた方は地の塩である。……あなた方は世の光である。」と言われたのです。イエス様のもとに集まってきた人々は、イエス様が言われた『真福八端』の箇所の一節一節を味わった後、今置かれている状況の自分のままでいいのだと思ったのかもしれません。こんな貧しい自分、信仰のために迫害されている自分、人に優しくして何になると言われていても、そんな自分たちがしていることは、「天の国では幸いになるのだ」と思い始めた人々の中に、新しいイエス様の言葉が入り込んできたのです。

まず、イエス様は、「あなた方は地の塩である」と言われます。【塩】は貴重なものでかつては、兵士たちの給料として与えられていたものでした。ですから、イエス様の言葉を聞いた人たちは、自分たちがその貴重な【地の塩】であると言われた時、こんな貧しく、周りの人たちから迫害され、蔑まれている自分たちが「貴重な者」として認められたことに喜んだことでしょう。しかし、イエス様の次の「もし塩がその持ち味を失ったなら、どうやってそれを取り戻すことができるだろうか。」という言葉は厳しいものでした。イエス様は、人々が迫害に甘んじて希望を失い、また、彼らが人々に対しての柔和、憐み深さが、自己満足となり「こんなに私はあなたのことを思っているのに」とか「せっかくあなたのために努力しているのに」とか思ってしまう時、あなたの「持ち味」を失ってしまっていますよと、言われているのではいでしょうか。

イエス様は、「あなた方は【塩】である」ではなくなぜ「【地の塩】である」と言われたのでしょうか。もしかしたらイエス様が言われた【地】とは「地上」のことで、その時の社会の中のことを言われているのではないでしょうか。イエス様は、「あなた方は、その【塩】としてのお恵みをおん父からすでにいただいているのですよ。ですからキリスト者として、日々の生活の場において【塩】としての【持ち味】を失わないように中止なさい」と言われたのかもしれません。イエス様は、私たちが陥りやすい、傲慢さに釘を刺され、「その持ち味を失ってしまった塩(人)は、外に投げ捨てられ、人に踏みつけられるだけである」と言われているのではないでしょうか。

次にイエス様は「あなた方は世の光である。」と言われ、「山の上にある町は、隠れることはできない。ともしびをともして、升の下に置く人はいない。」と言われます。町の中には、人々がそこで生活をしていますから当然家があり夜になると明かりが灯されます。その町が「山の上」に築かれていたのならば、今さら隠れる(壊す)こともできずそこで生活し続けると言われているのでしょう。また、家の中でともしびをともす時、せっかくの光を升の下に置くような無駄なことをする人はいません。イエス様が誰でもわかるような当たり前のことを言われたのは、その当たり前のこと気づかない人がいることを指摘しているのではないでしょうか。

イエス様は、「あなた方の光を人々の前に輝かせなさい。」と言われます。イエス様が言われる【光】については、イザヤが「飢える人にお前のパンを分かち与え、家のない人々に宿を与え、裸を見れば、着物を着せ、お前の同胞に対して見て見ぬ振りをしないこと。その時、お前の光は暁のように輝き出で、お前の癒しは速やかに生じる。」(イザヤ58・7〜8)と具体的な【善行】として言っています。私たちの生活を振り返る機会になるかもしれません。

洗礼のお恵みを頂いた私たちは、もうすでにおん父から【塩】も【光】も頂いています。これらの頂いているお恵みを生活の場で生かし続けることは、難しいかもしれません。しかし、イエス様は、私たちが「『持ち味』を生かしたい、『光』として輝きたい」と思う時、必ず助けてくださいます。私たちは、そのことに信頼して「地の塩、世の光」の恵みを大切にし続けることができたらいいですね。

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