09. 休暇――福者ジャッカルド神父の生涯

「休暇は、悪魔にしてみれば刈り入れの時である」と、聖ヨハネ・ボスコはよく言っていた。特に、規律の厳しい神学校の囲いから自由奔放な社会へ外出する若い神学生にとっては、解放感もあって誘惑にかかりやすい。ピノトゥは、これを予知して、休暇で家に帰る前には必ず休暇中の自分の時間割りを作り、これを指導司祭に見せて承認してもらっていた。そこには信心業はもちろんのこと、勉強時間、畑仕事の手伝いの時間などが細かく記されてあった。休暇中も、マリアに見守られて誘惑の危険を避け、神学生にふさわしい生活をしたかったのである。ピノトゥは、手記に次のように記している。

私は危険に遇いましたが、それに陥ったことはありませんでした。大罪を犯した覚えはまったくありません。毎日、充実感溢れ、熱心に聖体を拝領していました。プリモ・マエストロ(アルベリオーネ神父)は、私の良心の糾明帳を読んでから、こう言いました。「君は洗礼の時の純白な心を、まだ持っていると思う」と。私を救って下さったマリア様、あなたが大好きです。何をするにしても、あなたのためにきちんと熱意を込めてしていました。……何よりも部屋の中に私が置いている小さなマリア像を愛し、その前に花々を絶やしたことがありませんでした……。聖母のみ前で、どれほど祈り、どれほど愛情を感じ、どれほど時間を過ごしたことでしょう! こうして私は救われたのです。ありがとう、マリア様

休暇中のピノトゥの信心業について父ステファノは、こう書き残している。

ピノトゥは、神学校に入った最初のころから、休暇で家に帰ってくると小部屋を片づけて、そこに小祭壇をこしらえました。今でも、ピノトゥが毎日小祭壇に灯したランプが保存されています。ピノトゥは、後にコンソラータ(Consolata )宣教会の宣教師となった同級生と一緒に、そこで長時間、勉強や祈りをしていました。

人情として、せめて休暇中ぐらい自由に、のんびりしたいものだが、時代によって、また家庭の事情によって、思うに任せない。ピノトゥは休みになると、必ず畑仕事を手伝わされた。その辺の事情を、弟のドミニコは、こう証言している。

ピノトゥが休暇で帰省していた時、私は年下ではありましたが、一緒に畑に行こう、と強要していました。ジュゼッペ(ピノトゥ)は、時には“勉強しなければならない”と抗議しましたが、結局は私の意のままにせざるを得ませんでした。それで、夜の睡眠時間を割いて夜更けまで勉強したり、書き物をしたりしていました。

休暇中、ピノトゥは指導司祭のアルベリオーネ神父と手紙のやり取りをしていたが、ここにアルベリオーネ神父の返事の一部を紹介してみよう。

……君がいつもよい休みの取り方をしていることを、うれしく思っています。神に感謝! 人イエスの立場に置き換えるのが、神学生の大目標です。イエスの願望なり、性癖なり、考えなり、活動なりを身につけるのが、神学生の大目標です。これよりも立派で、重要なことはほかにありますか? もっとためになることがありますか? なすべき仕事は山ほどあるのだからね! 友よ、いつも熱意を込めてやりなさい。「……遠きに行くは必ず近きよりす……」 では元気でね、家族の皆さんによろしく。1915年7月24日 最愛の友 アルベリオーネ神父

・池田敏雄『マスコミの使徒 福者ジャッカルド神父』1993年

おしらせ
現代的に一部不適切と思われる表現がありますが、当時のオリジナリティーを尊重し発行時のまま掲載しております。

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