ベツレヘム 主の公現(マタイ2・1~12)

東方からベツレヘムを訪れる学者たち。彼らは幼子イエスに黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげます。黄金はイエスの王権、乳香はイエスの神性、没薬はイエスの受難を示しています。しかも彼らは「ひれ伏して幼子を拝み」、謙虚な気持ちでそれらをささげています。

その舞台となるのはダビデの出身でもある「ベツレヘム」。この地名にはどんな意味が込められているでしょうか。「ベツ」は「家」、「レヘム」は「パン」という意味があります。二つを合わせて「パンの家」。かつてベツレヘムはその名の通り肥沃な田園地帯で、小麦がたくさん収穫できることから「パンの家」にふさわしい場所でした。
 
さて今はどうでしょう? 10年の夏、イスラエルとパレスチナの高校生たちが5名ずつ来日し、彼らと同行しながら密着取材を行いました。その中にパレスチナから来たジハド君という15歳の高校生がとても印象に残っています。彼の宗教はイスラムですが、とても陽気な高校生で、取材中、日本語で「シンプサン」と声をよくかけてくれました。彼がベツレヘムの状況について次のように話してくれました。

「ベツレヘムへ出入りするにはチェックポイントを通る必要があり、そこで検査を受けることになります。そのポイント周辺には高さ約8~9メートルの壁が設置され、ベツレヘム全体がその壁に囲まれています。何となく刑務所に入っているような雰囲気です。私は難民キャンプで生活していますが、1キロ平方メートルの中に、何と一万人が住んでいます。学校へ十分に行けない子どももいるし、医療品、食料などもかなり不足しています。狭く、不便なところで生活していますが、お互いに助け合って生活しています。不自由な生活ですが、宗教を越えた深い友情があります」といった内容でした。
 
種々の不便さの中で生活するパレスチナの人々。特にベツレヘムに住むジハド君のことを思う時、彼らはどのような星に導かれて歩んでいるだろうかと思います。

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