難民としての生活 聖家族(マタ2・13~15,19~23)

今から30数年前、しかもベルリンの壁が崩壊(1989年)する前のことで、私が神学生時代の時、修道院の別館にポーランドから亡命した一家がいました。詳しい事情は分かりませんが、両親は30歳代で、子どもは5歳くらいの男の子でした。金髪でとてもかわいらしかったのが印象的です。亡命してきたということもあり、両親は緊張気味で、子どもも何となく落ち着かない感じでした。言葉もほとんど通じなくて、お父さんが少し英語を話せるくらいでしたが、時と共に緊張もほぐれたようで、修道院での生活にも慣れ、数か月後には修道院を後にしました。受け入れ先が決まり、ほっとした表情が今でも忘れられません。修道院を後にするにあたり、多くの方々に感謝の気持ちを表わしてくれました。難民としての生活がどんなに辛いのかは、この一家の姿を見て実感したことがあります。

また一度、長崎県大村市にある難民収容所を訪問したことがあります。大村郵便局の近くにありますが、一見するとIT関連の事務所のような建物に見えます。でもよく見ると周りは柵で囲まれ、内部が見えない異様な建物に感じました。警備も受付もないような感じで、中へ入るともっと驚きます。そこはまさに刑務所のような感じです。光があまり入らなくて、建物の中央のところにライトコートがあって、バスケットボールができるようなスペースがある程度です。そこからは外部の景色はまったく見えず、空だけが見えるだけ。難民として収容されますが、何となく重罪人扱いにされているようにも感じました。それを見ながら、難民というのは「犯罪人」と同じレベルなのかと…。

マリアとヨセフ、またイエスの一家はエジプトへ避難します。まさに難民としての生活です。自分の国を去っていくのにはどんなに勇気がいったことでしょう。いつかはふるさとに帰りたいという思いが強かったことでしょう。難民としての体験があるからこそ、家族の絆が強かったのかもしれません。

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