05. 司祭職への夢――福者ジャッカルド神父の生涯

聖書に「お前はごく小さなことに忠実だったから、10の町の支配権を授けよう」(ルカ19・17)とあるが、ピノトゥは割り当てられた仕事を完璧に果たそうと力を尽くした。後になって、ジャッカルド神父は、子どものころの思い出を飾り気なくこう語った。

小さい時でした。おじいさんと一緒に畑仕事に出たことがありました。それで、私は気を引き締めてやっていました。しかし、他の人たちが一畝をやり終えたころに、私はといえば、まだ半分にも達していなかったのです。自分の納得のいく仕事がしたかったのです!

見ていた人たちが、私にこう言いました。「もう少し大ざっぱにやれよ、そうしないといつまでたってもおわらないよ」と。

前述のジョヴァンニによれば、ピノトゥは素朴で、罪を恐れ、身につけた諸徳を磨こうと頑張り、特に聖母への信心が厚かった。彼は次のように語っている。

「すでに私は、ピノトゥが司祭になるものと見抜いていました。それどころか、村の人みんなが、ピノトゥはもう司祭の卵だと言っていました」。

実際にピノトゥは、いつの日にか司祭になりたいという大きな夢を心に抱いていた。司祭となって神のそばにいたいけれども、家が貧しいので、司祭になるために必要な学費をどうするか? 父ステファノも息子の望みを知って、当時の胸の内をこう明かしている。

ピノトゥは7歳の時から、自分は司祭になって宣教したい、と私にいいました。私はこの望みをえなえてあげられないなと思い、心を揺さぶられて涙を押さえるのがやっとでした。家計の苦しさを考えれば、とてもそんな余裕はありません。

しかし、ピノトゥの決意は固く、「司祭になって教えを伝えたい、マリア様とイエス様が助けてくださるでしょう」と言うのでした。

・池田敏雄『マスコミの使徒 福者ジャッカルド神父』1993年

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