派閥 年間第32主日(ルカ20・27~38)

日本の政治の世界には種々の派閥がありますが、聖書の世界にも種々の派閥が登場します。有名なのは、ファリサイ派とサドカイ派。

ファリサイ派は、「パルーシーム」を語源に、「分離者」を意味します。彼らはユダヤ教信仰、特に律法を遵守するために、律法について無知・無関心である人々から自らを分離し、律法に即した正しい宗教的日常生活に励むことを自分たちの信念としていたので、外部の人々から「ファリサイ派(分離者)」と呼ばれていました。

サドカイ派は、「サドク」(正しい)を語源に、ソロモン王時代、エルサレム神殿に仕えていた指導的祭司サドクの名に由来すると言われます。金持ちで教養があり、保守的な立場で、ローマ帝国を支持していたので、ローマ政府からは優遇されていました。

両者はお互いに敵対し、サドカイ派は成文律法だけを認め、体の復活、天使の存在を認めていませんでした。一方、ファリサイ派は成文律法とともに口頭律法(細かい規定からなる掟)を用い、体の復活や天使の存在を認めていました。

この二派の違いの中で復活についての問答が引き合いに出されます。しかもレビラート婚(申25・5~6)。これはイスラエルの人々の名が、イスラエルの中で絶えないようにするための結婚でした。いずれにしても、復活を信じるファリサイ派、復活を信じないサドカイ派の両者からイエスを攻撃できる内容でした。そんな罠の中で、イエスは出エジプト記を引用します。「わたしはあなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と。モーセの時代にはアブラハム、イサク、ヤコブはすでに亡くなっていますが、イエスは今現在のこととして、生きている者として語ります。イエスの発言はモーセを通して私たちに復活があることを示唆しています。成文律法を用いるサドカイ派には、イエスの発言に文句のつけようがなく、ファリサイ派も納得できる内容でした。

イエスの賢明な受け答えにすっきりした気持ちになります。

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